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嘉貴はずっと『TYC』に就職するものだと信じて疑わなかった。服も好きだし、モデルとしても活躍しているし、時折徹たちと今後のブランド展開について意見を交換していることもある。誰から見ても嘉貴は両親の作った『TYC』というブランドを愛し、大事にしていた。
だからこそ今までその話に触れてこなかった。相手の手の内は分かっている(つもりだった)上に自分も話したくない話題だったから、尚更。
「俺は化粧品メーカー希望。メイクさんと仕事で関わってく内に、そっちも楽しそうだなぁって思って」
「けしょうひん」
「ゆくゆくはまあ、『TYC』を大きくするのがひとつの目標だけど、他業界も見て見聞を広めておきたいんだ」
そう言って指折り挙げられた企業名は、芸能界に疎い凌でも分かるような有名女優や俳優を起用したCMや広告を出している大手企業の数々。就活サイトの就職希望ランキング上位にいる人気企業ばかりだ。
「大手だから、希望通りのところに行けるとは限らないけどね」
「いや……嘉貴なら絶対大丈夫だろ」
地頭も良く人当たりも良い。モデルで培った経験は目指す業界的に間違いなく強みだろうし、何よりこの男が不採用通知をもらうという未来が凌にはまったく想像できない。お世辞などではなく本音でそう伝えると、嘉貴はどこか面映ゆそうに微笑んだ。
「凌は? どういう企業狙ってるの?」
……まぁ、この流れは聞かれるよな。
「あー……安定第一だから、潰れそうにない手堅い企業だったらどこでも……くらいしかまだ決めてねぇかな。経理系でどの会社でも狙えるようにって商学部選んだけど、逆にありすぎてまだ定まってないというか……」
嘉貴のような具体性の欠片もないが、初めて伝える己の進路に妙な緊張感を覚えずにはいられなかった。知らず、心許なく浮かせていた右手で首筋をこする。
そんなどこか居たたまれない凌とは対照的に、はあ、と嘉貴が安堵の息をこぼした。
「やっと聞けた」
「……え?」
「はは、ごめん。本当はずっと気になってたんだけど、凌は進路の話題なんとなく避けてただろ? 父さんたちと話してる時も曖昧に返してたから、今日もはぐらかされるかなって勝手に思ってて」
こんなことならもっと早く聞いておけば良かった。おどけるように紡がれた言葉に、じくりと胸がうずく。
「……俺は、お前と違って夢とかそういうもん持ってないから、ちょっと気後れしたっていうか……悪い」
「そんなことないだろ。自立して生活するって、十分立派な目標だよ。お互い就活頑張ろうな」
「……あぁ」
屈託なく笑う嘉貴の姿に、返した言葉は普段よりも弱々しい音だった。
それをごまかすように咳払いをひとつ、椅子から勢いよく立ち上がる。
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