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「喉渇いたから、クラゲジュース買ってくる」
「え、例の? 俺も行こうか?」
「いいって。ここで席取っといて」
「ん、気をつけて」
ひらりと手を振り返事をして、先ほど自販機を見かけた場所まで戻る。どの辺りだったかと周囲を見回して、嘉貴が視界に入らないことを確認した瞬間、緊張の糸がほどけた。
「はぁー……」
口から出てきた想像よりも大きかった音のため息と込み上げてくる罪悪感に口元を覆う。
言えなかった理由は、もうひとつある。
ずっと、嘉貴の前からいなくなる未来を考えているからだ。
――こうやって嘉貴の傍に居続けることは“正解”なんだろうか。
友情と恋愛の狭間。同じ恋情を抱いているが、お互いにそれを口にはしない。
嘉貴がどう思っているのかは分からないが、凌はこの恋をハッピーエンドにするつもりは毛頭ない。
曖昧でいびつな関係を終わらせるのに、就職はとてもいい口実だった。
だって凌は安定した職であればどこだっていいのだ。どんな業界だって――どんな土地だって。
嘉貴の目を覚ますためにそうやって物理的に離れる選択肢はずっと頭の片隅にあった。
でもそうなるとやっぱり、きなこが心配だよな。
ガコンガコンと自販機が落としたクラゲジュース(と言う名のクラッシュゼリージュース)を取り出しながら、愛しい我が子を思い眉根をひそめる。
就職を機にきなこを引き取るのは簡単だが、自分のことだけしか考えず嘉貴からもあの家からも引き離すのは酷なのではないか。環境を突然変えることも、ストレスになるに違いない。自分だって慣れない新生活を送る中で、ちゃんとケアをしてあげられるのだろうか。
それから次に浮かんでくるのは、徹と紗英たちのことだ。
こんなにも世話になっているのに、逃げるように遠方に就職するのはあまりに恩知らずに思えた。どうしてわざわざ遠く離れた見知らぬ土地へ行くのか。そう尋ねられた時、何と返せば納得してもらえるのか、凌はその答えを未だに持ち合わせていない。
そして何より、凌は嘉貴との縁が希薄になることがやるせなかった。
わがままかもしれないが、凌は嘉貴と「親友」でいたかった。けれど傍を離れればこの関係も必ず変化していく。凌が今いるポジションは、違う人の居場所へと変わっていくだろう。
まだ見もしない新しい嘉貴の親友を想像する度、結局凌は二の足を踏んでしまい行動に移せないままだ。
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