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「社会人になったら、運命の出会いとかしてくれねぇかなぁ」  大学生活ではついぞ現れなかったが、今度こそ現れないだろうか。  たとえば、嘉貴と同じように芯が強くて目標をしっかり持ったキャリアウーマンの女性なんてどうだろう。ドラマのようにロマンチックに恋に落ちて結ばれる物語を描いてくれれば、そうすれば自分は何食わぬ顔をしてずっと「親友」でいられるのに。  そうしていつか、ほろ苦い恋をしたと笑い飛ばせる日が来るんじゃないか。  もう何万回も妄想した未来を追い払うように頭を振り、嘉貴の元へと戻った凌はその足を少し手前で止めた。  凌が座っていた場所に知らない女性が腰掛け、仲睦まじく嘉貴と談笑していたからだ。  たまたま会った仕事の知り合いか、嘉貴のファンか、ただのナンパか。今までの経験からあらゆる関係性を予想するくらいには、初めての光景ではない。  惚れた欲目を抜きにしてもかっこいい男だ。いくら日本の女子が奥ゆかしくとも、彼をひとりにしておくわけがない(うっかり忘れて放置してしまった)。  海色の照明の中でも分かる、少しピンク色に染まった頬。緩やかに結んだ髪を揺らして花が咲いたように笑う女の子は、先ほどの喫茶店で声をかけてきた相手よりも好感度が高く見えた。現に嘉貴も穏やかに口角を上げていて、まんざらでもなさそうな様子だ。  そうか。こういう時に「俺はいいからふたりで遊んでこいよ」と声をかければいいのか。  ふと、先ほどの丹羽のアドバイスを思い出してはっとする。  守ってあげたくなるような女の子を大事に愛してあげる嘉貴の姿も、簡単に想像ができる。こういう出会いも全然アリだろう。そう思った凌だったが、結局それが叶うことはなかった。  ぱき。  知らず気合いの入っていた指先に、ペットボトルが小さな悲鳴をあげた。  その音に反応するかのように嘉貴の視線が女の子から外れて、少し離れた場所で立ち尽くす凌へと移る。 「凌」  瞬間、砂糖を入れすぎた紅茶のように、その瞳に、声に甘さが滲む。  隣の女の子も驚くくらい柔らかく表情を綻ばせたその変化に、凌が感じたものは優越感でも何でもなく――失意だった。

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