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――ダメだ。
そう、思った。
どんなにかわいかろうが、仕事ができようが、嘉貴は凌が隣にいる限り凌をいちばん大切にする。
きっと本当は、大学でも撮影の現場でもいい人なんて沢山いたに違いない。
けれど、凌が隣にいるから。凌が嘉貴を想い傍にいる限り、嘉貴は他の人になんて見向きもしないんだ。
うぬぼれでもなんでもなく、そう理解してしまった。
曖昧な関係も、はぐらかし続ける自分の態度も、嘉貴にとっては取るに足らないことでしかない。
凌が嘉貴を好きという嘘偽りない真実があれば嘉貴は満足で、彼女なんて作らない、結婚なんてしない。ロマンチックな恋なんて、凌のくだらない幻想だ。
―『どんな女の子連れてきてくれるかしら』―
脳裏をよぎる紗英の笑顔。今の凌を責めるには十分だった。
あぁ、なんだ。自分が気づいていなかっただけでもうとっくに限界だったんだ、この関係は。
「……凌?」
嘉貴の声に一切の反応を示さなかった凌を不審がり、心配そうにこちらの様子を窺う。
駆け寄ってきた彼の後ろ、どこか寂しそうに笑って背を向けた女の子に胸が痛んだ。いっそさっきの客のように怒ってくれたほうがマシだった。そしたら「こんな相手に嘉貴はもったいない」と言い訳ができたのに。
――プシュッ。
衝動的にペットボトルの蓋をひねってそのまま一気に中身をあおった。
ごくり。爽やかな清涼感が泥のように詰まった喉を開いていき、ぱちぱちとはじける炭酸のクラッシュゼリー飲料が身体の奥へと流し込まれていった――本音と共に。
「……はぁ。相変わらず、イケメンはどこに行ってもモテモテだな。そのままデートしてきて良かったぜ?」
そうして代わりに口から出たのは、当初予定していたとおりの台詞だった。
一瞬、きょとんとした表情をした嘉貴が言葉の意味を理解したのか、楽しげに笑う。
「ふふ、丹羽さんの入れ知恵だ」
「罰としてこっちも俺が飲む」
「何でだよ。ちょーだい」
腕を伸ばして遠ざけるも、リーチの差であっという間に回収されたペットボトルを開けた嘉貴が思い出したように話し始めた。
「そういえばさっきの子から聞いたんだけど、ここ猫缶売ってるらしくてめちゃくちゃ美味しいらしいよ。特にマグロ」
「マジか。他の種類もあんの?」
「なんか色々あるって言ってたから、帰りにきなこに買っていこうね」
「それは絶対買う」
途端、目を輝かせた凌の様子に満足そうに頷いた嘉貴は「あと」と上機嫌なまま言葉を続ける。
「この水族館、春になると桜が咲くんだって」
「桜?」
「そう。プロジェクションマッピングでそういう演出をするらしいよ。壁や床に投影して水槽の中も桜の造花で飾って、一面、桜の海になってきれいなんだって」
「へぇ……」
きっとそれは、春に一緒に来れる仲になりたいという意味合いが含まれた会話だったんじゃないだろうか。そう邪推するあまり、つい先ほどより反応が鈍くなってしまった。
「あれ? あんまり興味ない?」
「いや、そんなことねぇけど……プロジェクションマッピングもネットとかでしか見たことねぇし、あんまり想像つかねぇなって」
それでも、桜がたゆたう水の中を泳ぐ魚の姿は、きっと幻想的な景色に違いない。
この大水槽はどういう演出がされるんだろう。見上げた水槽に想像力を膨らませていた凌の視界を、ひょいと割り込んできた嘉貴の端正な顔が占領する。
「春になったら、また来ようか」
「……そもそも今日は、これから忙しくなるから遊び納めに来たって話だっただろ?」
「気分転換も大事でしょ?」
本来の趣旨と違うことを言い出した嘉貴に、しょうがないなという体裁だけ保ち、肩を竦めてみせた。「そうだな」と言った自分は、びっくりするくらい自然に笑っていた。
そんなつもり、毛頭ないくせに。
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