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 翌日は昨日の晴天が嘘のように土砂降りの雨で、気温も一気に冷え込む日となった。  気合いで熱を下げたという笠原だったが、大事を取って凌がまたヘルプに入ることにして正解だった。この寒暖差では、熱がぶり返していたかもしれない。  とはいえマイナス気温の雨の日に来店する客も稀有で、モーニングも落ち着いた現在は常連客さえおらず店内は凌と丹羽のふたりきりで閑古鳥が鳴く始末だ。 「はーマジで寒い。凌、何か飲むか? 淹れてやる」  かじかむ両手を擦り合わせてカウンター内から身を乗り出した丹羽は、手持ちぶさたに机を拭いていた凌を呼びつける。 「あざっす。じゃあ珈琲もらっていいっすか?」 「おー。カウンター座っとけ」  『つばめ』はチェーン店とは違いだいぶ緩い規則で、笠原の意向もありこうやって客がいない時はスタッフも一服して穏やかに過ごすことが多い。曰く、味を知ることも仕事のひとつらしい。実際は自分も勤務中に一息つきたいだけだろうが、そのメリハリのつけ方が凌は好きだった。  笠原の珈琲は言わずもがな丹羽の淹れる珈琲も美味しいので、凌の声も思わず弾んでしまう。けれど、おもむろに紡がれた丹羽の台詞に、浮き立つ気持ちはあっという間に萎んでいくこととなる。 「そういえば、どうだったんだよ? 水族館デート」 「……あぁ」  昨日の今日だ。話題にのぼっても不思議ではない。けれど少しの逡巡のあと、凌が口にしたのは問いへの返事ではなかった。 「……丹羽さんって、上京組でしたよね?」 「は? おぉ、そうだけど。かれこれもう七年くらいかなー」 「やっぱり地元の友達って疎遠になりました?」 「あー、そーだな。SNSがあるっていっても、やっぱ近くにいないってでけぇよ。恋人ならまだしも、ダチ相手にこまめに連絡とか会う努力とかしねーじゃん。どうしたって傍で同じ時間共有できるやつと親しくなっていくかな」 「……そうっすよね」 「……何? お前、地方行くつもりなわけ?」  胡乱げな眼差しの丹羽に少し居心地の悪さを覚え、目線がつい下がってしまう。 「まだ決定ってわけじゃないんすけど……」  昨夜、自宅に帰った後の凌の行動は早かった。ずっと気になっていた地方企業をいくつかリストアップし、プレエントリーまで済ませてしまった。 「都内って何かと金かかるし、俺が目指してるの経理系なんで、全然地方でも就職先あると思うんすよ。だから地方で堅実に生きるのもいいかなって、ずっと考えてたんで」 「まあ……、それも選択肢のひとつとしてはアリだと思うけど、さっきお前が気にしてたようにダチとか親しいやつとは疎遠になっちまうぜ?」 「だからです」 「は?」 「それが、いいんです」  ぎゅう、とテーブルの上で握りしめた両の手を見つめる。祈りのポーズのようだと思った。まるで教会の懺悔室にいるみたいだとも。 「――何それ」  返ってきたのは、丹羽の声じゃなかった。  凌の背後から投げかけられた、感情の読めない声。  ベルの音が聞こえなかった。雨音にかき消されてしまったのだろうか。 「……嘉貴」

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