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自分で思うよりもずっと弱々しい声が湯が流れる音に紛れて溶けていく。
生い立ちを誰かに打ち明けたのはこれが初めてだった。幼心に、家庭の歪さが明るみになれば凌の全てが壊されてしまうと理解していたからだ。どうしようもない親だったけど、凌の帰る場所はあそこしかなかったから、凌は口を噤むことを早々に覚えてしまった。
そして今、嘉貴にも打ち明けるべきではなかったと後悔している。
こういう時、なんて言うのが正解なんだ?
ふと我に返り、そんな疑念を抱いたからだ。
自分が打ち明けられる側だったら、間違いなく返答に困る。気の利いた言葉なんて返せない。
いくら嘉貴がいいと言ったにしてもあんなのは社交辞令だ、本気にしていい場面ではなかったと気づいて凌は慌てて姿勢を正す。
「悪い、今の忘れて――」
「かっこいいな」
バカなことを言ったと話を流そうとした言葉は、嘉貴の一言で遮られてしまった。
「俺は見てのとおり甘やかされて生きてるから、そうやって自立してる凌のこと純粋に尊敬する。泣き言なんて一回も聞いたことないし」
いつもとなんら変わらない口調。優しくて、心地のいい低音がじわりと心の奥底にしみこんでくる。
「俺だったら絶対グレてるし、親のこと殴っちゃってるかも。やってらんねぇって。……でも凌は、そんな人たちでも、ふたりが好きだったんだよね」
凌を映す瞳がゆっくりと細められる。泣きそうな、慈しむような――初めて向けられる眼差しの感情は分からなかった。それでも、温かいことだけは分かった。
「しんどかったね、分かってもらえないのは。頑張ったね。くさんないで、前向いて生きて、本当にすごいしかっこいいよ、お前」
ぎゅう、と。
下唇を噛んだのは、涙が零れないようにだった。
それでも視界はぼやけていき、やがてぽちゃん、ぴちゃんと音を立てて涙が湯の中に吸い込まれていく。
「ご、ごめん……っ」
「んーん」
両の手が頬を包み込み、今度こそ涙を拭っていく。
――愛してた。
歪な家族だったけど、それでも心のどこかで本当は願っていた。
いつか大人になれば、対等になれば、歩み寄れるんじゃないか。目を見て、名前を呼んで、笑い合うことができる日があるんじゃないかと、夢見てた。
疎まれるのが怖くて、我が儘も言わなかった。弱音も吐かなかった。
バカだな、そんなことしたらあの人たちは自分のことを忘れていくだけだというのに。情けなくてちっぽけな自分は、それにも気づけなかった。
けれど嘉貴が見つけてくれた。同情するわけでもなく、かっこいいと笑ってくれた。
それだけで、今日までの凌が少し救われた。本気でそう思ったんだ。
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