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 高校卒業のタイミングで約束通り父親名義で借りていたアパートは解約して、徹に連帯保証人になってもらって小さな1Kのアパートに引っ越した。  築四十年、駅から自転車で二十分の木造アパートはリノベーション物件と言えどお世辞にも住みやすいとは言えないが家賃の安さが魅力的で決め手だった。  嘉貴には一緒にマンションに住もうと誘われたが、これ以上甘えて依存するのが嫌で断った。  嘉貴の食事やきなこのお世話をするために結局週の半分は嘉貴の家に赴いているのでことあるごとに引っ越して来なよと言われるが、自分だけの家を作っておいて正解だと今なら分かる。  こんな日が来ると、もしかしたら心のどこかで予感していたのかもしれない。 ◆  にゃぁ、と歓迎の声をあげて足に擦り寄ってきたきなこに、凌は口元を緩めてその場にしゃがむ。  ふかふかの喉元を撫でればゴロゴロと鳴く様子は愛らしく、痩せ細って声を出す力すらなかったあの日の面影はどこにもない。 「久しぶり」  言葉少なにリビングへと案内してくれた嘉貴が、マグカップを両手にキッチンから戻ってくる。 「予定合わせてくれてありがとう。仕事とか立て込んでて、なかなか時間取れなくて」 「や……、俺のほうこそ忙しかったのに悪い」  話がしたい。そうメッセージを送れば、指定されたのは『つばめ』のいざこざからちょうど一週間後の今日だった。 「でも、凌からしたら俺が忙しいほうが色々動きやすかったかもね」  放たれた棘のある台詞に、きなこを撫でる手が思いがけず止まる。 「手堅い企業……ね。確かにそれなら地方にも沢山あるもんね」  コトン、とマグカップを置く音すら、どこかそっけなく聞こえてしまう。  自嘲にも似た声に居たたまれなくなっていると、何かを察したかのようにきなこは寝床のある別室へと早々に引っ込んでしまった。空気の読める愛猫は、面倒ごとにつき合うつもりはないようだ。 「……ごめん」  お互い座ることもなく立ち尽くし、先に動いたのは凌だった。 「嘉貴がどういう気持ちでいるかは分かってる……けど、俺はお前の気持ちに応えるつもりはない。俺はお前と……親友でいたい。そのためにも一回距離を置くべきだと思ったから、地方に行くつもりだった。そしたらお互い頭も冷えるだろ? きなこも、俺に引き取らせてほしい。俺のためにあの時きなこを育てるって言ってくれたことも……他にも色んなこと、ずっとお前に甘えてて悪かった」  頭を下げる凌を、嘉貴はどんな気持ちで見つめているのだろうか。  言いようのない緊張感が漂うリビングに「凌は」とぽつり、声が落ちる。 「凌は俺に、告白もさせてくれないんだね」  凌の頭上に降り注いだそれはあまりにも重たく、首が折れてしまいそうだった。

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