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クウゴの後悔
クウゴはカスミの兄が持っていたビデオレターをパソコンに繋げた。
白い壁、白いベッド、白いカーテン。
真っ白な背景に映ったのはカスミだった。
『んー、これ、本当に映ってる?さっきは失敗しちゃってたんだよなぁ…。あっ、取り敢えずごほん。久しぶり?クウゴ。』
にこっと笑うカスミ。
久々に見た動くカスミに涙が浮かぶ。
『この映像を見ているということはもう僕はこの世にいないのでしょう。…ってなんちゃって、言ってみたかったんだよね、このセリフ。あー、でも、きっと、本当に死んじゃってるんだろうなぁ…。
お兄ちゃんにはね、僕が死んで5年経ってまだクウゴに恋人が出来てなかったらこのビデオレター渡してって言ってるんだ。だから、もし恋人いるなら切ってもいいよ。
もし、いないんだったら、僕の話に付き合ってよ。ふふふ、そんな長くないからさ。
ねぇ、クウゴ、好きな人出来たんじゃない?』
「は…。」
『何で知ってるか?それはね、未来を見たんだ。
まぁ、冗談だけど。勘ってやつだよ。だって、クウゴは僕のこと本当の意味で好きじゃなかったから。すぐに僕のこと忘れる。でも、罪悪感で素直になれないんでしょ。だって、ずっと僕らは一緒だった。
だから、言わせてよ。
思い上がるなよ。僕はきっと生まれ変わったら、クウゴよりもっともっとイケメンのいい男と恋するんだ。そして、沢山キスして沢山愛を呟くんだ。
ねぇ、クウゴ。好きだよ。
もう進んでいいよ。』
ビデオレターはそれで終わった。
クウゴはその場から離れられなかった。
久々のカスミに感極まったからではない。
クウゴは確かに愛していたからだ。
カスミを愛していた。
アズマが側にいながらカスミの名を告げるくらい愛していた。
なのに、彼はその愛に気が付かなかった。
絶望した。失望した。
誰に?俺にだ。
あの雨の降る日に、誓ったはずだ。
彼を忘れずに生きようと。
誓ったはずだった。
クウゴは実家にきていた。
カスミの思い出を探すためだ。
そこで久々に母親に会った。
クウゴは母をあまり好いていない。
紅い口紅が印象的な母だが、昔から口煩く、差別的な発言を日常的に発する人だった。
アズマも口煩いが、彼とは大違いだ。
アズマがクウゴに発言するのはクウゴを思ってのこと。
母のノブメはただ息子が優秀であることを自慢したいからだ。
それが非常に不快だった。
だから、極力接触はしたくなかった。
しかし、会ったからには話さなければならない。実家に戻る決心をした時には、既に覚悟していた。
「クウゴ、戻ったの。あら?アズマさんは?」
「今日は置いてきた。」
「あら、そうなの。あの方、私苦手なのよね。カスミさんはまだよかったわ。身の程を知っていましたもの。あの方は、私に逆らうから嫌いなのよ。この前会ったときも…。そうそう、それで思い出したわ。あなた、もういい歳なんだしお見合いしなさい。相手は旧華族のご令嬢よ。優秀な方でね、秘書の仕事もしているらしいの。ちょうどいいから貴方の秘書に新しく置いたらどう?今の時代女も働くべきよね。」
マシンガントーク。差別的な発言の中で唯一発した女も働くべきという言葉も、友人に働く女がいたからだ。そういう女だ。
「俺は見合いをする気はない。」
「なっ!私に逆らう気なの?アズマさんの影響ね。本当に、あの男はあなたに悪影響しか与えないのね。」
「はぁ…。」
俺はその場を立ち去った。
あの調子だとアズマにも何か言っているだろう。後で確認しなくてはならない。
アズマについていた“虫”に噛まれた跡。
クウゴは頭に血が昇った。
無自覚に、アズマはクウゴのものだと考えていた。他には渡らないと考えていた。
それが、どうだ。アズマには他に男がいた。
浮気だ。
どの口が言う。
自分には確かにカスミという想い人がいたはずだ。じゃあ、アズマは一体なんだ。
嫉妬する理由は、嫉妬する権利はどこにある。
辞表を突きつけられ、母の許可を得たというアズマ。引き止める間もなく、彼は去っていった。優秀な秘書の手配も引き継ぎも完璧に済まして。最後まで完璧な男だった。
そう、あまりにも完璧な男だった。
だから、どこかにいるのではないか。当たり前のように横にいるのではないか。そう勘違いさせた。しかしふと振り返っても、彼はどこにもいなかった。
遅かった。遅かったのだ。
失って初めて気付くなんて、誰が言ったのか。
その通りの結果となって、情けない感情と理解の出来ない黒い靄が渦巻いていく。
アズマはあの虫と一緒にいるのかもしれない。
途端に許せなくなった。
アズマの行方を探した。
見つけた場所は、想像すらしていない場所。
アズマは男娼として働いていた。
アズマから嗅ぎ慣れないタバコの香りがする。少し前まで俺の香りを纏っていたはずだった。まるで、俺との関係を断ち切ったかのようで、実際その通りで、むしゃくしゃした。
誰がこの男を他の男に渡せるだろうか。
この世界で一番愛おしく、美しい男を、どうして手放せるという。
気づいたら首を絞めていた。
手が震える。なぜ、そんなマネをしたのか分からない。いや、うそだ。
俺は知っている。
この男が他の人間の手に渡るくらいなら殺したって構わない。
薄汚れたドロドロとした感情が溢れていることを。
「アズマ、アズマ、アズマ。」
涙が伝う。
アズマは薄く目を細め、笑った。
「貴方は、本当に酷い人だ。酷くて、本当に酷い人。私が貴方の元を離れて、はじめて貴方は私の名前を呼んだ。カスミの名前を呼ばなかった。本当に酷い。貴方は、俗に言うクズですよ。人間失格だ。それでも貴方を愛してしまった。私は貴方を愛してしまった。貴方が私に執着するなら構いません。だって私は、それ程までに貴方を愛しているのです。それが恋という美しい名前のものでなくても…
私は貴方を愛しています。」
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