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第1話

 AかBかの確率がたとえば50%ずつだったとすると、それに対する人の反応は概ね二つに分けられる。いい方に考えるか、悪い方に考えるかだ。  ルーレットの赤と黒、当たる確率は2分の1で、どちらに玉が入るかは神の采配一つだ。  楽観的な人間なら必ず当たると信じて、全財産を赤につぎこむかもしれない。けれど悲観的な人間は外れることを先に考え、最低限の額しか賭けないに違いない。  本居(もとおり)(しゅん)は、どちらかと言えば後者だった。起こり得る最悪の事態を予測し、常に備えを固めるタイプだ。  ただそんな俊でも、『あなたは3ヶ月後に50%の確率で死にます』と突然言われた今、さすがにいい方に賭けたくなっている。  いきなりそんなことを宣告されても、実感が湧かないのは当然だ。予定の3ヶ月が過ぎても、それまでと同じ平穏な日々がずっと続いていくことを漠然と思って変わらぬ生活を送っているのは、残り半分の最悪の未来を信じたくないからだろう。  大体3ヶ月後に裏か表の確率で人生が終わるからと言って、これまでの生活を急に変えるというのも、生真面目で融通の利かない俊にとっては難しい話だった。これがもし50%ではなく100%だったとしても、きっといつものままだろう。  政府が全世界同時発表の緊急臨時会見で『3ヶ月後に世界滅亡の危機が訪れる』と発表したのは、ちょうど2週間前のことだ。 『未確認の小惑星爆発により発生した隕石が近付いている。予測される経路を通った場合、直系10キロを超えるものが太平洋上に落下、それが地球全体に多大なる影響を及ぼすことが予想される。落下推定時刻は日本時間9月23日午前5時32分であり、地球上への落下の確率は約50%である』  国民の80%がリアルタイムで見守るテレビ画面の向こうで、いつも泰然自若としてふてぶてしいほど動じない首相が、何度も汗を拭い声を震わせながら、そう告げていた。  難しい専門的な話は聞いてもしょうがなかった。おそらく最先端の設備を備えた機関が、世界の名だたる専門家の頭脳を駆使して弾き出した結果がそれなのだろう。  そもそもそんな学問的な話以前に、国民の大部分は、『あと3ヶ月で世界が滅亡する』という大見出しすら容易には飲みこめないでいた。  ディザスター・ムービーはそれが自分とは関係のない架空の話だから、気楽にハラハラドキドキできるのだ。そしてラストには名もなき英雄達が必ず地球の危機を救ってくれるとわかっているから、安心して観ていられる。  地球温暖化による環境破壊の危機が声高に叫ばれる現代でも、まさかそんな映画じみた事態が現実に我が身に降りかかろうとは、誰一人として想像していなかったに違いない。  そしておそらく映画のようなヒーローは、リアルでは登場してくれない。  全国民がその最悪のニュースを、国が仕掛けた大掛かりなドッキリカメラだと信じたがっていた。支持率が20%を切った内閣がついに乱心し、国民受けを狙った国家的なギャグでフレンドリーな政府をアピールしてみたのかと。ところがいつまでたっても、首相がその強面を崩し『なーんちゃって。冗談です』とおどけてくれる気配はなかった。  ヒステリックな混乱状態の中、人の手ではどうすることもできない未来を知識人が虚しく論議し合う報道番組だけが、どのチャンネルを回しても延々と放映されていた。そしてそれが何日も続き飽きられてきた頃、全世界の誰もが緩慢に理解した。  それは今まさに自分の身に起ころうとしている、冗談のような『現実』なのだと。  その発表があってからは、本居俊の生まれ育った全人口500人にも満たない小さな離島ですらも、犯罪事件が増加した。  もっとも万引程度の軽犯罪ですら大騒ぎになる島では、自暴自棄になった若者が台所から持ち出した果物ナイフをかざし、島で唯一のコンビニに押し入ったり、これまた島唯一の小学校の窓ガラスが片っ端から割られたりといったレベルの小事件がせいぜいであり、隣近所どころか島民すべて知った顔同士という閉鎖空間で、犯人はすぐに検挙されてしまうのだった。  それでも以前より物騒になったことには変わりなく、昼間でも一人で外を歩く人の姿はめっきり減った。

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