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第2話

 早朝、海沿いの決まったルートを散策するのは俊の日課だ。  島の中心部に位置する自宅から、海岸沿いの遊歩道へと出て海岸線を回る。海を臨める高台の公園で一息つき、同じ道を戻って帰る。その習慣は、たとえ寿命を理不尽に予告された今でも変わることはない。  以前は散歩の途中で必ず顔を合わせた馴染みの老人達も、最近ではまったく姿を見せなくなってしまった。  けれどたった一人になって、たとえ『その日』が翌日に迫ろうとも、俊はこの習慣をやめないだろうと思う。現実に『その日』を迎えるとき、何を考えながら歩いているのかは想像もつかないけれど。  行き会う散歩友達は減っても、美しい景色は変わらない。真っ青な海は静かに凪いで、梅雨明けの夏空と鮮やかなコントラストを作っている。静寂に満ちた浜辺には、今日も人影は見当たらない。  遊歩道をゆっくりと回り30分かけて公園にたどりついたときには、もうすっかり日は高くなっていた。  今日も暑くなりそうだ。これが最後の夏になるかもしれないと思っても、やはり実感は湧かなかった。  唯一の公園とはいえ、子供の少ないこの島では遊具などは一切ない。ただ塗装の剥げかけたベンチがいくつか置いてあるだけの、100坪ほどの殺風景な空間だ。外側を囲む花壇には『発表』の日以来世話する者のいなくなった、元は何だったのかもわからない植物がうち萎れている。  いつも無人の公園にさしかかり、その中央に置かれた見慣れないオブジェめいた異物に、俊は思わず目を見開いた。  それは直径50センチ、長さ1メートル以上ある硬質な筒状のもので、低く組まれた木製の足場の上に斜めに乗せられていた。  その筒の角度を調整しているらしい人物は、この2週間で俊が初めて散歩中に会った人間だった。  俊のところからは背中しか見えないが、どうやら若い男だ。シンプルな黒のTシャツとジーンズ姿の長身はスラリと均整が取れ、躍動感のある逞しさを感じさせる。細身でいかにも頼りなく見える色白文学青年の俊と違い、漲るエネルギーを感じさせる日焼けした腕は夏という季節によく合っている。  その人物がいる場所が、俊がいつも一息つくベンチの正面だったので、なんとなく行きづらくその場に立ちつくしてしまう。  彼は相当な集中力で作業に熱中しているようだった。何かが意に沿わないのかしきりと首を傾げながら、左手に持ったメモにペンを走らせては、円筒を傾けたり倒したりしている。  一陣の海風が吹き付け、その手元から紙を飛ばしかけた。蝶のように風に乗りかけるそれを、長い腕を伸ばした彼は軽々と捕まえる。  長めの前髪が風に払われ、端正な横顔があらわになる。  切れの長い知的な瞳、完璧な高さの鼻と薄めだが形のいい唇。シャープな男らしさの中にも物憂げな繊細さがほの見える近寄りがたい美貌は、俊のよく知っている人物のものだった。

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