34 / 110

第34話

 3ー6 故郷  この世界のすべてに。  俺をこんな体にした男に。  テオに。  奥様に。  そして、何よりこんなことになった自分自身に対して俺は、怒っていた。  俺にもう少し力があれば。  こんな。  こんなことには、ならなかった。  こんなうらびれたおっさんになんで、神は、こんな試練を与えるのか。  俺は、神を憎んだ。  俺だって。  若い頃には、夢見ていた。  アニタスのような勇者にはなれなくても、困っている人々のことを助けられるものになりたかった。  奥様のようなチートな存在にもなることはできなかったけど。  それでも。  せめて、普通の男として普通の人生を生きて、そして、普通に死んでいくこともかなわないのか?  俺が悪いのか?  俺が何か間違っていたのか?  俺は、絶望にうちひしがれていた。  1人になりたかった。  1人になって、しばらくこれからのことを考えたかった。  「失礼します」  俺は、手に持っていたお茶の入ったカップをテーブルの上に戻すとゆらっと立ち上がった。  「ティル?」  奥様が心配そうな声で俺を呼んだが、俺は、それを無視して歩きだした。  「ティル!」  奥様が俺の腕を掴むが俺は、それを振り払った。  一瞬。  奥様がとても傷ついたような表情を浮かべるので、俺は、胸が傷んだ。  「すみません。でも、今は、一人にしてください」  俺は、部屋を後にした。    俺は、1人でいつものようにキッチンの隅の古びた木製の椅子に腰かけて考えていた。  ぐつぐつというスープの煮込まれている音がきこえて、辺りには、甘いいい匂いが漂っている。  昼飯は、奥様の好きなクルチャのスープと、白パンだった。  俺は、クルチャの甘い香りにさえも吐き気を覚えていた。  クルチャは、この国ではよく見かける野菜だった。  痩せた土地でもよく育つそれは、丸くて大きな橙色の実がなる蔦植物だ。  俺が生まれた村では、このクルチャがほぼ主食のようなものだった。  俺は、村を出てから1度も戻ったことがなかった。  というか、1度も、思い出すことがなかった。  なのに、なぜか、今は、村のことを思い出していた。  

ともだちにシェアしよう!