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10.騎士団長と魔塔主

自室でへばっているレイヴンを置き去りにし、王宮に用があったテオドールは ついでに腐れ縁の幼馴染に昨日のことを報告してやろうかと、王国騎士団が訓練している訓練所へと顔を出すことにした。 テオドールは身長も高く、魔塔主の象徴でもある濃紺に金刺繍の入ったローブは遠くからでも目立つため 歩いていれば人がスッと道を開けていく。 それくらい存在感があり、また関わり合いになりたくないという、 ある意味、畏怖の念も抱くのだろう。 訓練所で探している人物を見つけると、ニヤリと笑んで手を振りながら近づいていく。 気配で気付いていたが、見たくなかった人物がやってきたことに気付いた騎士団長があからさまに嫌な顔を向けた。 騎士団長もテオドールと別の意味で目立つ存在であり、その強さはこの国随一。 髪と鎧の色から、銀獅子とも呼ばれている。その体躯も正に筋骨隆々だ。 さすがのテオドールもここまでの筋肉はないが、魔法との合わせ技なら実力はほぼ互角だと言われている。 「よぉ、今日も精が出るねぇー。騎士団長さんよ」 「上機嫌で気味が悪いな。何の用だ、テオ」 「んな、あからさまに嫌そうな顔するんじゃねぇよ。お前さんにご報告がてらな」 冷やかしではないと察した騎士団長が、部下たちに訓練を続けるように指示をして その場から少し離れ、仕方なく話を聞く体勢を整える。 「ディー。何か勢いでヤッちまったわ」 「藪から棒になんだ。国家の存続に関わるような大事じゃないだろうな?」 「あいっかわらずお堅いよなァー。ディートリッヒ騎士団長様はよ。んな大げさでもねぇけどよ。 レイヴンだよ、レイヴン」 「ま、まさかお前…レイヴンにまで手を出したのか!?お前は30で、レイヴンは19だぞ!何ということを……」 如何にも堅実といった風情のディートリッヒは、額に手を当てて分かりやすく頭を抱えこんだ。 一応声を潜めているおかげで、騎士たちに話の内容は聞こえていないのが幸いだった。 「いや、だってよ。アイツ初の1人立ちで張り切ってた癖に、何か失敗したとか言いやがって落ち込んでやがるし。 酒飲んで励ましてたら、勢いで?」 「お前ってヤツは……!勢いで弟子に手を出すバカがいるか!……ハッ!?」 つい声を荒げてしまったディートリッヒが慌てて口元を抑えるが、 その前に展開していた防音魔法で外に声が漏れることはなかった。 サラリと空間を制御する能力を使用してくる辺りが、ふざけていても一目置かれるところなのだろうが、 色々と破綻しているせいでこの幼馴染でさえも、どうも素直に納得できない。 「まぁ、これでも耐えた方じゃねぇか?元々いろんな意味で気に入ってたしな。いつかモノにしてやろうかと考えてたのが早まったってくらいで」 「だからといって……それで、レイヴンは傷ついていないだろうな?」 「アレがそんな風に見えるのはお前の目が腐ってるからだろ。何やかんやで嫌そうじゃなかったぜ? 夜は可愛い子猫なんだがなァ」 ふざけた言い方に耐えかねたディートリッヒが、剣を抜いて切っ先をテオドールの喉元に突きつける。 「コイツは…!クソ!レイヴンの代わりに俺が叩き切ってやる!」 「待て待て待て!声は聞こえてねぇけど、お前の姿は丸見えなんだからよ?可愛い部下たちが驚いてるじゃねぇか。 落ち着けって」 ディートリッヒが振り返ると、確かに団員たちが不安そうな視線でオロオロとしているのが分かる。 荒々しく溜息を付くと、仕方なく剣を収めた。 「だったらせめて、外で誰かを抱くのはやめろ!レイヴンのことを本当に大切に思っているのならな」 「はいはい。うるっせぇーな。お前に言ったのは間違いだったか?同期の馴染みでわざわざ足を運んでやったってのによ」 両腕を上げて降参ポーズを取るテオドールに、拳をワナワナと震わせながらも青筋だけで耐え忍ぶディートリッヒ。 誰が見ても何か険悪なムードであることが分かる。 「用件はそれだけか?今日のところは俺が引き下がってやるから、用が済んだなら帰れ。 これ以上お前の顔を見てると斬りかかりたくなる」 「おーおー怖いねぇ?まぁ…心配すんなって。大事な大事な、弟子だからよ」 そう言い放ってから防音魔法を解くと、テオドールはヒラヒラと手を振り、歩き去る。 その背中をひとしきり睨みつけてから、慌てて近寄ってきた団員たちに対してディートリッヒは、 何でもない、と一言だけ告げて、訓練へと戻った。

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