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12.魔法使いの休日
面倒な書類仕事から解放されたテオドールは、別の用を済ませているレイヴンとは別行動を取っていた。
レイヴンはテオドールがついてくるなと言った時以外は、大抵金魚のフンのようについてくる。
それでも、酒場とカジノは得意ではないので、テオドールが誘わない限りはついてこない。
ただ、口煩く日付が変わる前に帰ってこいと何度も言うので小煩いことに間違いはないのだが。
テオドールは買い出しがてらに街を適当にぶらついていた。
2人が所属しているアレーシュ王国は、魔塔主と王国騎士団の2強によって守られており
国王も賢王と呼ばれているエルミュートス3世が治めている比較的平和な国だ。
戦争が起こることもあるが、圧倒的強さを見せつけ今も領土を広げ続けている。
周辺諸国も属国になるか、同盟を結ぶかの2択で片付くため物流も盛んであり、
商売人たちも活気づいている。
貴族たちのエリアではなく、庶民たちのエリアではテオドールを見て最初は驚きはするものの、
中身を知れば、気さくに話しかけてくる者が多い。
テオドールは見た目と反して貴族の出身なのだが、この気質のせいか誰も貴族であるということを気にしない。
「お、テオドール様。今日はどこへ行くんですか?お1人なのは珍しいですね」
「何だ、お前もレイヴン目当てかよ。食事と魔道具をちょいとな」
「そりゃあ、レイヴン様を見るだけで癒やされますから。見目麗しいですからねー」
「まぁ…見た目はな。ったく、どいつもこいつもしょうがねぇな」
街の住民もレイヴンを可愛がっている者が多い。外面が良いレイヴンは、住民たちとの交流を大切にしているらしく、
テオドールを立てるという名目もあり、愛想よく振る舞っている。
そのためもあって、店番のおばさんも、おじさんも、
レイヴンが買い物に来るとおまけしてやったりと、サービス精神旺盛なのだ。
貴族たちは出身がはっきりとしていないレイヴンを見下す者が多く反吐が出るが、
町民たちは人の内面で判断する。テオドールも気さくな町民たちのことを気に入っているので、
町娘たちがレイヴンを見て頬を染めたとしても、しょうがねぇなで済ませていた。
「よぉ、邪魔するぜ。爺さん」
町民たちと会話しながら、目的地である1軒の店の扉を潜る。
魔塔の魔法使いたちにとっては御用達である、魔道具店クソルキだ。
「またデカイのが来おった。今日は店じまいにしてやろうと思っておったのに」
「店じまいだと?まだ昼過ぎじゃねぇか。ホント気まぐれすぎなんだよなァ」
「お主に言われたくないわい!ほれ、さっさと用を済まさんか!」
「俺だってジジイといつまでもくっちゃべりたい訳じゃねぇわ!魔塔主様がわざわざ取りに来てやってんだからよー」
ぶつくさと文句を言いながら、テオドールは頼んであった魔石を受け取る。
汎用性の高い魔道具であれば、配達させればいいのだが。
魔石に関しては自身の目で確かめねばならないため、面倒だがこうして足を運ぶしかない。
しかもこの頑固者の爺さんは、鑑定眼に優れており、何処からか良質な魔石を取り寄せてくるのだ。
その人脈の広さは謎に包まれている。
「よしよし。流石は爺さん。ありがたくもらってくぜ」
「金を置いたらさっさと出ていけ。せめてあの小僧がおれば良かったのにのう…」
「爺さんもレイヴン待ちかよ。アイツどんだけ好かれてんだよ…」
「あの子を揶揄うのは儂の楽しみじゃ。目をキラキラさせて道具を見てるから、
ついつい色々と話してやりたくなるんじゃよ」
「へぇー。どうせ嘘みてぇなくっだらねぇ話だろ?あの剣には妖精が宿ってます、みたいな?」
「フン。お前みたいな夢も希望も持たない捻くれ者には分かるまいて。ほれ、今日は店じまいじゃ!」
結局爺さんに追い出され、舌打ちしながら店を後にする。
魔石が上々じゃなかったら、水でもぶっかけてやるのに…と心の中だけに留めておき。
気を取り直して、行きつけの酒場へと足を運んだ。
「昼間っから何しに来てるんだい?魔塔主様?」
「よぉ。腹減ったから何か食わせてくれよ。早めに帰ってこいって煩い弟子がいるから、夜に来れそうにないんだわ」
「ハン。別にあんたは呼んでないよ。デカイ図体で邪魔だしね」
「そんなこと言って、俺のこと好きな癖によォ」
「煩いねぇ!助けてもらったくらいで惚れたと思ったら大間違いだよ!いいからさっさと座りな」
「へーへー」
酒場の女将であるハリシャは、黒髪の美人女将だ。
テオドールより年上なはずなのだが、年齢を感じさせない美しさを保っている。
町民たちにも人気の女将であるが、戦争で旦那を亡くしており、
旦那とは相思相愛だったらしいが、テオドールが酒場に訪れた頃にはすでにもう亡くなっていたので、
テオドールは旦那がどんな人物だったのかは分からない。
気丈に振る舞ってはいるが、一度魔物が出る森に夜に訪れて襲われそうになったところを、
テオドールが助けてやったことがある。
どうして外出したのか?と尋ねたところ、月が綺麗だったから、湖に行きたかったのだと言っていた。
この街の近くにある湖で旦那にプロポーズされた、と後から女将と親しい者から聞いて納得したのだが。
それ以来、ちょくちょくと顔を見に来ている。
「とりあえずビールくれよビール」
「全く、今日の仕事はいいのかい?ほら、1杯だけにしておきな!あの可愛い子に怒られるんだろ?」
「アンタまでレイヴン推しかァ?今日だけで何回話題に出てきたよ、アイツ」
「そりゃあ、みんな気にかけるに決まってんだろ?一生懸命頑張ってんじゃないか。
アンタみたいな荒くれ者の尻拭いをあの若さでやるだなんて、気苦労が絶えないだろうに」
「まぁな。周りのヤツらが煩いから、気にしてんだよ。アイツ、この国出身じゃねぇし」
「そうなのかい?それじゃ余計に貴族からの風当たりが強いだろうねぇ。可哀想に」
「一部のお貴族様なんてただの飾りだよ、飾り。陛下にも進言してるけどよ、燃やすのはダメだとか言われんだよな」
「燃やすってアンタ、屋敷をかい?それともお貴族様をかい?どっちにしても、魔塔主様ならやってのけるんだろうねぇ」
貴族の話をしながら、面白くもないと言った顔でビールを飲み干す。
テオドールにかかれば、勿論容易いことだが。実際に容易く出来ないのがつまらない。
国という組織は本当に面倒だと、常々思っているのだが。
今の陛下には一応恩があるので、陛下が治めている間は魔塔主でいるという盟約もあるため、
自分の都合でどうこうできない問題も多々ある。
「ま、いざとなったらアタシたちも協力してやるよ。みんな、あんたたちには感謝してるんだ。
今、酒が飲みかわせるのは、お国の為に戦ってくれてるアンタたちのおかげだよ」
「女将ィー。やっぱアンタはイイ女だよなァ。愛してるぜ?」
「一言余計なんだよ!全く、この男は。ほら、できたよ!さっさと食っちまいな!」
ホカホカのミートローフを口に突っ込まれるが、その旨さに舌鼓を打つ。
口調は乱暴でも、女将の優しさは料理にも伝わっているようで。
テオドールは貴族のことなど忘れて、ご機嫌に食事を済ませていく。
腹も膨れたところで女将に別れを告げ、のんびりと魔塔へと帰還すると。
一足先に戻っていたレイヴンが、執務室で待ち構えていた。
「お帰りなさい、師匠。何だか機嫌が良さそうですけど、何か良いことでもあったんですか?」
「おう、今日も女将は美人だったな。それに魔石も上々だったし言うことなしだな」
「ハリシャさんに迷惑をかけてないでしょうね?まぁ、いくら師匠でも、昼間から暴れたりはしないですよね、さすがに」
「お前は俺をなんだと思ってんだよ。昼飯食って喋ってきただけだ。
そうだ、街のヤツらみんなお前のことばっかり言ってたっけな。どんだけ好かれてんだよ」
「え?そうなんですか?いや、確かに親切にしてもらってはいますけど。師匠がひどすぎるから、
俺の方が良く見えるんじゃないんですか?」
「あのな、お前、もうちょい自己評価を上げてイイんじゃね?人心をつかむってのも処世術の1つだろうが」
「それは、きちんと振る舞ってはいるつもりですけど。街の人はみんな良い人たちばかりですからね。師匠と違って。
……っと、それより報告があるんだった」
ドカリと椅子に座ったテオドールは、レイブンをチョイチョイと指先で呼ぶ。
首を捻りながらも、素直に近づくと。腕を取られて何故かテオドールの膝の上にちょんと乗せられた。
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