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13.報告中に
「師匠…なんで俺、お座りしてるんですか」
「報告があるって言ったじゃねぇか。ほら、言えよ」
「いや、だからなんでこの体勢……って。抱き込まないで下さいよ!」
飛び退こうとしたレイヴンを抑え込み、テオドールはニヤニヤとレイヴンを覗き込んでおり、
ガッシリとした腕はレイヴンを逃すまいと、完全に抱き込んでしまっていた。
諦めたレイヴンが溜息混じりでこのまま報告を始める。
「今月の予算ですが、もう少し金額を下げて欲しいと言われまして。できないと伝えましたが、一度持ち帰って欲しいと泣きつかれました。こちらとしても資金枯渇は……」
真面目な顔で書類に目を落としているレイヴンを見ていると、つい構いたくなる。
レイヴンの肩に顔を乗せ、暫くは大人しく書類を覗き込んでいたが、我慢ができなくなったテオドールは、
レイヴンにそのまま頬ずりする。
「……ですので、こちらとしても……って。聞いてます?髭、チクチクするんですけど。
無精髭くらい剃っておいてくださいよ…あぁもうウザったい、近い!」
「削るなら騎士団の予算を削れって言えばいいだろ。次は?」
「次は……っ…な、何して……」
「マーキング?」
「ふざけてないで……首、吸わないで…って…ぅ…」
レイヴンの抗議を無視して、首筋に口付けていると室内にノック音が響く。
慌てて退こうとするレイヴンをテオドールは両腕で抱えて放さずに、入れ、と返答する。
「魔塔主様にお話が……」
入ってきたのは魔塔でもレイヴンをあまり良く思っていない派閥の者だった。
名をヨウアルと言い、テオドールが魔塔主になる前までは、魔塔を取り仕切っていた。
初老くらいの年齢で、国王の親戚だという身分を笠に着て魔塔主の地位にしがみついていたが、
魔法に関しては人並みの実力しかなく、こき使っていた補佐官が任にあたっていた。
だが、補佐官が向かった土地で不慮の事故により亡くなってからは、権力だけでしがみつくことはできず、
テオドールにあっさり倒されて、地位を取り上げられてしまったのだ。
ヨウアルはレイヴンを膝に乗せたまま抱え込んでいるテオドールを見て、あからさまに顔を顰める。
テオドールもレイヴンも気に食わないという表情を隠そうともしない。
「何だ。早く話せ」
「その、補佐官殿には席を外して頂きたいのですが」
「俺が席を外している時は、コイツに報告するのが筋だ。コイツに言えないような話が重要な話な訳がねぇだろ?」
「しかし…!」
「クドい。ヨウアル、お前が俺に敗れたのにこの塔に居られるのは誰の温情なのか言ってみろよ。誰の温情だ?」
「それは……陛下の……」
「で、俺はその陛下からの任命で魔塔主になった訳だが?その俺がコイツを補佐官に任命したんだよなァ?」
この人も思いっきり権力を振りかざしてるよな。そもそも、この状況にツッコミ入れたいと思うのは普通じゃない?
と思ったレイヴンだが。
どちらにしても動けないので、諦めて静観することにする。
「……仰る通りでございます。その、私めは魔塔主様に縁談をお持ちしたのですが……日を改めさせて頂きます」
「日を改めるまでもねぇわ。何企んでるのか知らねぇけど、縁談だぁ?断固拒否に決まってんだろ。
この俺を見て、誰が婚姻を結びたがるんだよ。バカか」
「……ぶっ」
「おい、今笑っただろうレイヴン?」
「……いえ、少々空気が淀んでいたもので。咳払いを」
「そりゃしょうがねぇな。確かに臭ぇし」
テオドールが片手でヒラと仰ぐと、室内に一陣の風が吹く。
その風はヨウアルに容赦なくぶつかり、ファサっと何かを吹き飛ばした。
「……は?今、何か飛んで……」
「……ブハハハ!!!お前、ヅラだったのかよ!笑わせてくれるなァ?」
テオドールが指差す先には、頭上が光るヨウアルが棒立ちしていた。
指摘に顔を真っ赤にし、床に落ちたヅラを拾い上げると逃げるように部屋を出ていってしまった。
「アイツ、イイもん持ってるじゃねぇか。これでお前も弱みを握れた訳だ。良かったな?」
「さすがお貴族様。髪を買ってたとは!アハハ!い、今、時間差でおかしくて…っ」
笑うことを堪えていたらしいレイヴンは、ヨウアルが去った途端にピークが来てしまい、
テオドールの膝の上に座ったまま爆笑し始める。
涙まで流して笑うレイヴンを見ていたテオドールが、顔を近づけてレイヴンの目元に唇を落とす。
急な感触にポカンとしていたレイヴンの顎を指先で掴むと、今度は普通に口づける。
「んー!?……んむぅ」
「……っふ。笑いすぎだろ」
テオドールが軽く啄んで開放すると、レイヴンがテオドールを見上げて、ジィと睨みつけていた。
「……なんですか、今の」
「何って、キスだろ」
「そういうことじゃなくて……もう、いいや。何か色々、疲れました」
息を吐き出したレイヴンは、書類を机の上に置いてしまうと、トンとそのままテオドールに身体を預けた。
テオドールが楽しげに見下ろすと、視線を合わせる。
「師匠、甘いもの持ってません?」
「甘いもんなんて俺が持ってる訳……そういや、誰かに飴もらった気がするわ」
ローブのポケットをがさりと漁ると、露店でもらった飴玉が2つ出てくる。
包みに気付くと、レイヴンが手のひらを見せてちょうだいのポーズを取る。
「タダではやれねぇなあ?そうだなぁ……」
テオドールは不敵に笑んで、飴玉の包みを適当に剥いてポイっと自分の口に放り込んだ。
「……甘いもの好きじゃないのに、何で俺に見せつけて食べてるんですか。もう1個持ってるの見えましたよ?
意味不明なことしてないでそっちをくださ……」
テオドールは残った飴玉を机の上に放り、レイヴンが言い終わる前に抱き寄せて、唇を奪う。
飴に気を取られていたレイヴンは、また?と言いたげな視線でテオドールを見上げるが、
テオドールは気にした様子もなく、今度は唇から離れない。
息苦しくなってきたレイヴンが、テオドールの胸を叩いて息苦しさをアピールするが、
力で敵わずに息をしようと、口を少し開けたところで逃さず舌を差し込み、口内を擽っていく。
「ん……ぅ…」
「…もうちょい、口開けろ」
「え?ぁ…むぐっ」
口を開けさせると、テオドールは舐めていた飴玉をレイヴンの口内へと転がして、無理矢理に食べさせる。
飴の存在に目を丸くしているレイヴンを目を細めて見遣ると、飴玉をレイヴンの口内で器用に転がしながら、
同時に舌も絡ませていく。
「ぁむ……んっ…」
「……甘いな」
一通り口内で暴れて楽しむと、テオドールは漸く身体を少し放しレイヴンを開放して、頭をポンポンと撫でる。
「……はぁ…っ…ったく…何……」
「飴?」
「……そうですね。なんで口移しで…よこすんですか……」
「食いたかったんだろ?」
「だから、そっちのをくださいって、言ったのに……」
ふぅ、とレイヴンは息を吐き出して、緩慢な動作でテオドールの膝の上から下りる。
「……その書類、読んでおいてください。では、これで失礼します」
「おう。飯食えよ?お前、細っこいから軽すぎだ」
何事もなかったようにヒラリと手を振るテオドールに、レイヴンは溜息混じりで軽く頭を下げると執務室を後にした。
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