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84.ジタバタする師匠と弟子

事を終えた2人は、余韻に浸るようにお互いに見つめ合い自然と視線が絡み合うと、お互いに微笑だけ向ける。 「……ハァ…なんか、気合入れちまった……」 「んっ……も、無理……力、入んない……」 息をするのも気怠そうに、レイヴンがテオドールの腕の中でグッタリと横たわったまま動かない。岩の上に身体を寝かせてやり、呼吸が整うまで、濡れそぼった髪を丁寧に梳きながら、頬や瞼にチュッ、チュッと、唇を落とす。 「テオ……擽ったい……」 「そうかぁ?あー……俺も張り切りすぎた。ちょっと休憩、な」 テオドールも岩の上へと上ると、レイヴンの横に寝転がる。クシュ!とクシャミをするレイヴンを見て、楽しそうに笑う。 「落ち着いたら身体乾かさねぇと、こりゃやべぇな」 「も、誰のせい、ですか……誰の……」 「レイちゃんも、ノリノリだったじゃねぇか?」 「う……それはその、俺も良く、分からないというか……」 今頃になって照れ出したレイヴンが顔を真っ赤にしてテオドールを睨みつける。だが、睨むと言ってもどちらかと言えば困ったような顔を向けていて、どうしてこうなった?と表情は雄弁に語っている。 「まぁアレだ。泉の中にいたレイが、綺麗だったから?」 「……そんな普通に言われても。別に、ただ水浴びをしていただけなのに……」 「何か見惚れちまって、気づいたら抱きしめてた」 「なんですか、それ。誰かと思ってこっちは警戒してたのに……」 呆れたように笑うレイヴンに、テオドールがまたチュッと口付ける。目元を和らげてレイヴンもキスを返したその時―― 「おーーい!レイヴーン!テオドール様ー!!どこですかーー!?」 裸のままで寛いでいた2人の耳にウルガーの声が届く。焦ったレイヴンが勢いよく起き上がろうとして、自分に覆いかぶさっていたテオドールに思い切り頭突きしてしまう。 「いっ、たぁー……」 「ぁー……お前なぁ、っく、何かチカチカしやがる……」 2人が頭を抑えていると、足跡を追ってきたウルガーが泉を見つけて近づいてくる。 「ま、待って、服!服着ないと!師匠、服ー!!」 「おい、馬鹿!デカい声出すなって!いくら俺でもそんな瞬時に反応できね……」 耳聡く聞きつけたウルガーが小走りで泉の前までやってくると、岩の上で裸の2人がちょうど言い合いをしている場面が目に飛び込んできた。 「あ……」 「やべ……」 思わず固まる2人に、額を抑えたウルガーが溜め息混じりにツッコミを入れる。 「……この2人は、朝っぱらから何をしてるんだ、何を……って。俺はいいけど、もっとマズイんだった!2人とも!早く、何とか着替えて戻らないと!団長が心配してもうすぐ来ちゃうんですって!急いで!」 色々言いたいことを飲み込んで、ウルガーは2人に危険が迫ることを伝え、時間稼ぎをしようと来た道を戻ろうとする。が、帰りが遅いことを心配したディートリッヒは、草を掻き分けてこちらへと近づいてきていた。 「おい、ウルガー!お前、何とかしろって!そんなに瞬間的に乾かせねぇよ!」 「ど、どうしよう!?俺は服、あっちに置いてあって、あっ!」 足を滑らせたレイヴンが岩の上から落ちて泉へバシャン!と落ちてしまう。その音を聞きつけたディートリッヒが走って泉の前までやってくる。 「だ、団長!あのですね、今、アレです、アレ。鹿がね?鹿が水浴びしてて、足滑らせてですね?」 「ウルガー!今、レイヴンの声が聞こえなかったか!?おい、レイヴン大丈夫か!?」 ウルガーの怒涛の言い訳も虚しく、ディートリッヒの力で無理矢理追いやられてしまったウルガーの向こう側は、キラキラとした泉が広がっており。そして―― 「……あ」 「うぅ……」 泉の中からレイヴンを抱き上げたテオドールが泉の中で仁王立ちしており、何故か2人とも裸の状態だ。レイヴンは恥ずかしすぎてテオドールへと顔を埋めてしまっているが、その状況にディートリッヒの思考が止まった。 「テオ……お前、何で服を脱いで……いや、レイヴンも……?」 「あー。それはアレだ。アレ。折角だから、水浴びをだな」 「水浴び?水浴びをしていただけか?それならどうしてそんなに時間がかかって……」 ディートリッヒを無視して、レイヴンを抱えたまま泉から上がってきたテオドールは何も言わずにレイヴンをそっと岩陰へと下ろす。そのまま無言で背を向けて、置き去りにしてきた自分の服を泉の中の岩場から取ってこようと足を踏み出した時、ディートリッヒが背中に残るはっきりとした爪痕に気付き、指差した。 「テオ、お前。何で背中に爪の跡が……」 「うわぁぁぁぁ!!もう、無理、無理ーー!!すみません、すみません……俺、今すぐ立てないです……足に、力、入らないんですー!」 ディートリッヒに指摘され、羞恥に耐えられなくなったレイヴンが罪を告白するように泣きながらディートリッヒに必死に謝罪する。 「お、おま……」 「……おい、テオドール。お前、レイヴンに何をしたんだ?」 逃げようとしたテオドールの肩を思い切り片手で掴むと、鬼の形相でディートリッヒがテオドールを威圧する。 「何って……それは、何をだな……っつーか、このやり取り何度目なんだよ……」 「煩い!お前は、いつも自分勝手に振る舞ってレイヴンを困らせて……挙げ句の果てに、時も場所も考えずに盛って……お前は年中発情期か!」 「あーあー!だから、お前は俺の母親かって言ってんだよ!しょうがねぇだろ、レイヴンが俺のことを誘惑するんだからよー。ま、お前には見せてやらねぇけどな」 「そういうことを言ってるんじゃない!年を考えろ!レイヴンはまだ若い。お前のような野獣がレイヴンを壊してしまったら、どうするんだ?お前と違って、線も細いし、触れたら折れてしまいそうなほどに繊細だというのに……」 テオドールとディートリッヒが言い合っている間もレイヴンはどうしていいか分からずに、子どものように泣きじゃくっている。ウルガーはこの状況を丸く収めようと思案し、まずはディートリッヒとテオドールの間に入る。

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