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86.お騒がせな師匠と弟子

拠点に戻ってきた後、微妙な空気の中、皆黙々と撤去作業をしていた。 「先程は取り乱しまして、大変申し訳ありませんでした!!」 衣服を整え出発準備も整ったところで、レイヴンがディートリッヒの前で深々と頭を下げる。レイヴンは遊びではないこの道中に、いくらテオドールが先に手を出してきたからとはいっても流されてはいけなかったし、それを律することができなかった自分に恥じて、この命を下ろされても仕方がないとまで思っていた。 「レイヴン……」 「私は、如何なる処分でも受ける覚悟はできています。勅命の途中にあのようなことをすべきではないと頭では分かっていたはずなのに、補佐官としてお恥ずかしい限りです」 「全く、相変わらず真面目すぎるんだよな。レイヴンは」 「テオドール様!事態がややこしくなるから、黙っててください!」 レイヴンは頭を下げたままあげようともしない。否、できなかった。 いくらディートリッヒが自分に恩情をかけてくれたとしても、やはりこのようなことはあってはならないと、自分で自分が許せないからだ。 「団長、何か言ってやらないと」 「そうだな」 テオドールは不服そうだが仕方なく黙って事の成り行きを見守ることにして、一歩下がる。 レイヴンの両肩に優しく手を置いたディートリッヒが、レイヴンの身体を起こし、少し屈んでレイヴンと同じ目線になると静かに口を開いた。 「レイヴン、確かに勅命を受けた我々は国を背負って今も動いている。これが軍であれば懲罰もあり得たのかもしれないが。俺個人としては、懲罰には当たらないと考えている。まず、第一にレイヴンは本当に水浴びをしていただけだということ。第二に確かに補佐官として魔塔主の行いを正すように動くべきではあるが、レイヴンのことだ。テオドールを跳ね除けようとしたのだろう?」 「それは……」 「ならば、レイヴンに否はないと考える。よって、懲罰を下すのならば、この男だ」 ディートリッヒはテオドールの腕を掴んでレイヴンの目の前に突き出す。 「痛ぇな!なんだよ、いきなり」 「レイヴン、コイツの煙草は今すぐ全て燃やしてしまえ。後、次の目的地に着くまでレイヴンに接近することを禁ずる」 突然、話の矛先が自分に向いたことに不快感を顕にしたテオドールがディートリッヒを睨みつけ、声を上げる。 「な――おい、ディー!お前、ふざけるのも大概に……」 今にも食ってかかりそうな勢いのテオドールを止めるように、レイヴンがテオドールの両腕を掴む。 「……師匠、従ってください。じゃないと、俺。この後も一緒に行けません。また迷惑をかけてしまうかもしれないし……」 「んな、大げさだろ!」 「テオドール様、レイヴンはこういう性格ですから。このままだと自ら裁かれようとして、帰っちゃいますって!団長も堅苦しく言ってますけど、要は気にしない、と言ってるんですから」 全員の視線が自分に集まると、テオドールは聞こえよがしに舌打ちをし、懐にある煙草の箱ごと自ら燃やしてしまった。 「これでいいだろ?じゃあ、最後にコイツに言う事だけ言ったら、離れてやるから。少し時間をくれ」 「……分かった」 騎士の2人が離れると、テオドールはレイヴンを見下ろし、バツが悪そうに頭を掻きむしる。 「……別に、お前を困らせたい訳じゃねぇのにな。そんなに嫌だったか?」 「……いいえ。だから、です。俺もテオに、その……触れられると我慢できなくなるかもしれないから……」 消え入りそうな声で素直に告白してくるレイヴンに、こういうところだって!と、訴える。 「なんで、今そういうこと言うんだよ。俺も我慢してんのに。今はツンツンしている時だろうが。……ったく」 「だって、テオ。俺が叫んだり泣いたりして……取り乱したから、怒ったかなって」 「はぁ?怒ったりしねぇよ。言ってるだろ?お前のこと面倒みるって。そういう生真面目で面倒臭いところも、妙に子どもっぽいところも、全部だって。だから、俺には遠慮しなくていい。お前の好きなようにしていいんだって。何のために俺がいると思ってるんだよ」 「テオ……」 結局、レイヴンの方から抱きついて、ごめんなさい、と呟いた。 「だから、謝るなって。悪いことなんて何もしてねぇんだから」 テオドールがポンポンと頭を撫でる手付きが優しくて、レイヴンはもっと甘えたくなってしまうが。そっと離れるといつもの表情に戻る。 少し離れていたところで見守っていた騎士の2人も、結局父と兄のような気持ちになっていた。 「あー……何か、本当に仲良くなりましたよね。レイヴンの態度が本当に柔らかくなったというか、何というか」 「……テオも変わった。やることなすことは相変わらずだが、レイヴンの前だけは人間に見えるな。恐ろしく偉大な魔法使いではなく、ただの嫉妬深くて変態のオヤジだ」 「団長、それ、テオドール様の前で言わないでくださいよ?またややこしくなるから」 「……善処する」 ドタバタでお騒がせな事態も騎士2人の配慮もあって丸く収まり、漸く指定された場所を目指し出発することとなった。

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