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141.師匠が見せてくれたもの

テオドールから渡された本を開くと、癖字だが色々と丁寧に書き込まれているものであることが分かる。 「テオ!これって……」 「あぁ、俺が練ってる魔法の原案だ」 「いくら俺が弟子とはいえ、こんな、大切なものを……」 「ぁー……その、なんだ。まだ秘密にしておくつもりだったんだけどよ。レイヴンにやろうと思ってな」 テオドールがあっさりと言い放つので、レイヴンは慌てて閉じてテオドールへと本を突き返そうとする。テオドールは多少面食らいつつも本を受け取り、一旦机へと置いた。 「俺には見る資格もありません。実力もありませんし。それはテオにとって、魔塔主にとって、ひいては魔法使いにとっては命の次に大切な……」 レイヴンがまくし立てるように言葉を並べるので、テオドールは苦笑してレイヴンを落ち着かせるためにいつものように頭に手を置いて優しく撫でる。 「そんなに過敏に反応するのは予想外だったな。レイヴン、俺が大切なのは何か知ってるか?」 「それは……」 「お前に決まってんだろうが。俺の命?魔法使いとしての財産?そんなもんは二の次だ。まぁ……死んだらレイヴンを可愛がることもできねぇから、死なねぇが」 「そこはふざけるところではなくて、ですね?」 レイヴンがやたらと意地を張り出したので、ったく、と、一言告げ、今度はしっかりと目線を合わせて顔を覗き込む。その視線の真剣さにレイヴンも一旦静かになってテオドールを見つめる。 「真面目なんだか、俺の説明が悪いのか……いいか?俺が面倒な作業が好きじゃねぇのは知ってるだろ?だから、この作業はレイの為にやってることだ。レイの為なら別に苦じゃねぇし、お前は才能もある。俺よりまだ若いし伸びしろもあるんだよ」 「……テオ……」 「もがいてるのは俺の方だ。そりゃあ俺は最強だけどよ。最強のその先を行くためにはもがいて、足掻いて、生み出して。そうやってがむしゃらに進むしかねぇ。魔法使いは身体を鍛えれば終わりって訳でもねぇ。な?分かるだろ?」 「テオがもがいてるだなんて……でも、俺がその努力の結果を手にしてしまったら……」 レイヴンは珍しく真剣に語るテオドールを前にして、困ったように見つめるばかりだ。妙に頑固で、好意を素直に受け取れない性格はすぐに直るものでもない。少しずつ軟化はしているが、元来の性格はそう簡単にどうにかなるものでもないからだろう。 「いいに決まってるだろ?格好悪いからこんなことも言うつもりじゃなかったのによ。レイちゃんってば勘違いしてくれるからなァ?俺がこーんなに真面目に考えてたってのに」 「う……それとこれとは……。でも、テオの中で、俺はそこまでの存在だと思われているのなら、凄く……凄く、嬉しいです……ぁ、ど、どうしよう……」 感極まってしまったのか、レイヴンがほろり、と、涙を流す。急に泣き出したレイヴンを見遣り、珍しく困惑した表情で優しく指先でレイヴンの涙を拭う。 「なんで泣くんだよ。泣くほど嬉しいか?よくある話じゃねぇの?こんなの」 「こんなの、じゃ、すみませんって。弟子としても、俺のこと大切に思ってくれてるんですね。信用してくれているのは分かっていましたけど、嬉しくて……」 「そうか。そりゃあ良かった。じゃあ、完成したらちゃんと受け取れよ?」 「……はい。でも、すぐにじゃなくていいですから。俺ももっと、勉強したいから。テオにもっともっと、認めてもらいたいし。テオが一人前だと認めてくれて、肩を並べてもいいって、思ってくれた時に――」 心の底から嬉しそうに微笑むレイヴンは、涙に濡れた瞳も和らいでとても綺麗だった。 テオドールも妙に擽ったい気持ちになる。レイヴンの心から喜ぶ姿を見れたことが照れくさくもあるが、嬉しいことでもあって気づけば自然と笑っていた。 「ありがとう、ございます。俺、もっと頑張りますから……」 「頑張りすぎなくてもいいけどよ。俺の優しさに感謝してくれたなら、ご褒美くれてもいいんだぞ?」 「またそういうことを……」 すぐにいつもの飄々としたテオドールに戻ってしまったので、レイヴンも少し残念に思ったが、これは照れ隠しなのだろうと思い直し自分からテオドールのシャツを掴んで引き寄せると、ふわりと、唇を合わせる。 「……今はこれで」 「……そうか。じゃあ、完成したら何をしてくれるのか楽しみにしておくか」 額と額を合わせて2人で笑い合う。 穏やかな時間が流れ、この後も2人で魔法について話し合ったり、他愛のないことを語り合ったりと、また絆が自然と深まっていく。

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