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205.予兆

   次の日、テオドールとレイヴンは身支度を整えて王宮へ足を運んだ。  この急な呼び出しは、空気を読みすぎる魔族からのお呼び出しが遂にかかったのだろうと予測がついた。  テオドールのところへ使い魔が顔を出してから多少の時間の猶予はあったが、魔族たちも我慢の限界が近いようだ。  国王に面会させろと、早朝からご丁寧に使い魔が来たらしい。  正面から正当な手続きを踏んだということは、愉しみのためには魔族も紳士のフリをするのかもしれない。  テオドールはどうせなら時間帯も空気を読んで欲しかったところだと心の中で毒づく。  陛下の側にいた者が余計なことをせずに、陛下を守ることに徹して一番空気を読んでいたというのがまた皮肉のようだ。    そのせいでテオドールとレイヴンは朝から王宮へ出向くわけになったのだった。  甘い朝の余韻くらい楽しませろと、テオドールは朝から不機嫌を隠さずにいる。 「テオ……俺は不機嫌だって顔を少しは隠してください。遅かれ早かれこの日はやってくるって分かっていたでしょう?」 「ああ。だが、俺はもう少しレイちゃんを可愛がりたか……」 「こ、ここをどこだと思ってるんですか! 殴りますよ?」  レイヴンがテオドールの言葉を(さえぎ)ってまでムキになって恥ずかしがってる姿が、テオドールにとって唯一の心の慰めだ。  レイヴンの頭をポンポン撫でながら歩いていると、角を曲がったところで騎士連中に出くわす。  見たくもない顔を見て、テオドールからチッという舌打ちが自然と漏れ出た。 「おい、人の顔を見て舌打ちをするとはどういうことだ?」 「こっちは可愛いレイちゃんだけが慰めだってのに、なんで朝っぱらから見たくもねぇ顔を拝む羽目になるんだか」 「うわぁ……テオドール様、相変わらずですね。レイヴンが戻ったから機嫌も戻ったかと……っと、俺はお先に失礼します」  テオドールとレイヴンは、バカでかいディートリッヒと小賢しいウルガーの二人と出会ったのだが何故かウルガーは一足先に飛び出そうとする。  逃げようとしたってそうはいかないと、テオドールは話の矛先をウルガーへ向ける。 「ほう? ウルガーにまで気遣ってもらえるとは光栄だな。ということは、可愛そうな俺のために陛下の相手はウルガーが全て引き受けてくれるってことかァ?」 「不機嫌の矛先をこちらへ向けないでくださいよ! そりゃあ団長は説明下手なので、補佐はしますけど……主役はテオドール様ですよね」 「おい、ウルガー。お前何気なく俺のことを馬鹿にしただろう?」  ディートリッヒも細かいことを気にするものだと、テオドールは鼻を鳴らす。  バカにしたのではなく、脳筋なのだからバカなのだと声には出さずにディートリッヒへ視線だけ流す。  騎士たちのどうでもいい会話は返事をせずに無視して、隣のレイヴンを見遣るとテオドールをじっと見上げていた。   「師匠……あなたが魔族と誓いを立てたんですよ? 約束を破ったら……」  レイヴンに不安そうな顔をされると、テオドールは何も言えなくなってしまう。  誓いを破ったらテオドールの命がなくなると魔族が言っていたため、レイヴンの心配も当然のことだ。  ディートリッヒに八つ当たりもし、多少憂さを晴らしたテオドールもそろそろ陛下の元へ顔を出そうかと仕方なしに腹を括る。 「分かってるって。そのために準備を頑張ったの見てただろ? この俺が、一生懸命頑張った。これでいいだろ」 「テオ……お前は子どもか。言いたいことは山ほどあるが、今は陛下の元へ急がなくては」 「ディートリッヒ様、申し訳ありません。後で言い聞かせておきますので」 「ということで、行きますよ。四人集まるといつもこうなるんだよなー」  ぼやいたウルガーはテオドールが軽く小突き、テオドールを心配するレイヴンを宥めながら謁見室へ続く扉を潜った。

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