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251.新魔法
ハーゲンティは自分を生贄 にした召還魔法を使用したのだろう。
こんな置き土産はいらない。迷惑な話だと、テオドールは舌打ちする。
闇はまだ特に何もしてきていないはずなのに、存在だけで身体に影響を及ぼすほどだ。
テオドールは今の自分では闇を撃ち滅ぼすほどの力はないと、一人悔し気に事実を噛みしめる。
それでも、倒せないのなら別の方法を使うまでだとすぐに頭を切り替えた。
「ったく。随分大物をよこしやがって。アンタ、デカイだけだと助かるんだがな」
テオドールは詠唱を始める。
ハーゲンティが前にエルフの里を攻撃するとレイヴンを脅 したので、万が一の場合に対処しようと作り上げた魔法だ。
使用するのは初めてだが、作ったのはテオドール自身だ。初めての魔法でも問題はない。
この魔法の原理はテオドールが使用している移動 と同じだ。
移動 は使用する者を目的の場所へ移動させる魔法だが、新魔法は使用する者に限らず直接触れることのできないものを移動させることができる。
つまり、テオドールに向かって放たれた魔法をどこかへ飛ばすということも可能ということだ。
ただ、移動させる行き先が問題点だった。
テオドールは本を読み漁っていくうちに、人間が住む世界以外に魔族が済む世界やどこの世界にも属さない異次元があるということを知った。
異次元――時の流れや場所も一定ではない場所に何があるのか、本にも書かれていなかった。
だが、普段設定している座標を敢えて設定しないことによって対象物を異次元へ送り込むことが理論上できることに気づいたのだ。
「――次元移動 」
更にこの魔法は送り込みたいものへ直接触れる必要もない。
正確には、両手を突き出しそこから流した魔力 で対象物へ触れる。
直接手で触れるのではなく、自分の魔力 で対象物を取り囲む感じだ。
「さすがにデカイな」
テオドールの魔力 で闇へ触れようとするだけで、魔力 がごっそり削り取られていく。
テオドールは歯を食いしばり、残っている魔力 で闇に飲み込まれないように対抗する。
少しずつ闇を押し戻している感覚はあるが、相手が大きすぎるせいで残りの魔力 では全てを飛ばせないかもしれないと焦燥 感が襲ってくる。
「……っ、少しずつ闇は後退しているが、我らも限界か」
「テオドール……必ず無事にレイヴンの元へ戻るのですよ。約束です」
サラマンダーとウンディーネが声だけを残して消えていく。
どうやら力を全て使い切ったようだ。
そろそろシルフィードも限界なのか、テオドールを包み込んでいる風の力が弱まってきている。
「テオドール、そろそろレイヴンも限界だよ!」
「分かってる! 仕方ねぇ……ここはギャンブルと行こうじゃねぇか」
風を通してシルフィードの切羽詰まった声がテオドールに聞こえてくる。
闇を全て送り返したいというのに、このままでは全て送り返す前にテオドールが床へ落下してしまうだろう。
テオドールは頭を切り替え右手を伸ばし闇の中で蠢 く指の先らしき場所へ直接触れる。
すると、ズブリと闇に飲まれて指の先からじわじわと闇に浸食されていく。
魔族の神とでも言うべきものの身体がどういう構造をしているのかもテオドールには分からないが、人間が生身で触れるものではないのだろう。
テオドールは意識ごと乗っ取られて引きずり込まれそうな感覚を覚え、想像以上に切羽詰まった状態であることを思い知らされる。
手の感覚と自分の意識が残っている間に、アレを発動させるしかないのだと改めて意識を強く持ち直す。
「……これ以上、何をする気……ですか! テオ……?」
「レイヴンちゃんっ……アイツを、止めて! テオドールは……あの魔法を……」
途切れ途切れの声がテオドールの耳に聞こえてくる。レイヴンとクロードだ。
下を向いて少しだけ様子を窺うと、ディートリッヒは動いているのが確認でき生きていることが分かりウルガーもやめてくださいと叫んでいるようだ。
周りの心配を他所 に、テオドールはここ一番という時に賭けに負けたことはないと己を鼓舞して不敵に笑う。
「さて、いつもの魔法を唱えたらどうなるか? 俺は……お前と別の場所へ飛ばされる方に賭ける!」
「テオドール……まさか、異次元へ飛ぶ気?」
シルフィードは風の精霊王だというのに空気が読めないらしい。
気を利かせろってんだよなと、テオドールはワザとらしくため息を漏らす。
同時にテオドールはレイヴンに聞こえるように話しかけた。
「レイヴン、いい子で待ってろよ。ご褒美がないとやってられねぇからな」
「そんなの、いくらでもあげるから……っ! やめろって! いつもみたいな、おふざけじゃすまない……って……嫌だ……テオ……っ」
レイヴンの悲痛な叫びは、テオドールの心を抉 ってくる。
後で怒られるだろうなと、一人静かに苦笑する。
それでも、ご褒美が待っていると思えばいくらでもやる気が出るってもんだと不敵な笑みを浮かべた。
俺のレイヴンを守れるってんなら、俺はいくらでも命を張れる。
世界より何より大事なのは、レイヴンだ。
テオドールは心の中で断言すると、パチンと指を弾いて得意の魔法を発動させる。
「――移動 」
発動と同時にレイヴンたちがあっという間にテオドールの視界から消えたということは、闇と共に移動 できたはずだ。
だが、闇と一緒の異次元へ行く気はない。
テオドールは最初から闇とは別の場所へ飛ぶつもりだった。
残り少ない魔力 で追加 を発動させる。
また別の方向へ身体が引っ張られて、移動 発動まではうまくいったことが分かる。
だが、移動先の座標を思い浮かべるところまで意識が保てない。
テオドールの身体の感覚と意識が徐々に薄れていく。
後もう少しだというのに、流石のテオドールでも限界を迎えていたのだ。
「レイヴン……」
完全に魔力 切れだ。賭けには勝ったというのに、結果を見届けてもらえないなんてとくだらないことがテオドールの頭をよぎり、自嘲の笑みが浮かぶ。
最後に愛しい弟子の顔が思い浮かんだが、テオドールの意識は暗闇に飲み込まれていった。
<第一部 fin.>
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