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250.対抗

   玉座の間は見る影すらなく破壊され、テオドールたちは床に這いつくばってまま動けない。  しかも裂け目は今も広がり続けている。  テオドールは、ハーゲンティがあの方……と呟いていたことを思い出す。  魔族が敬う存在。上位種だとすれば、かなりマズイ状況になる。   「なんだ、ってんだよ……震えが、止まらない……」  ウルガーも見てしまたようだ。形容しがたい、深き闇を。  クロードも突っ伏したまま回復呪文だけは唱え続けているが、杖を握りしめた指先が震えている。 「アレをこちらに出すわけにはいかない!」 「止めなくては」  唯一動けるのは、肉体を持たない精霊王たちだけのようだ。  三人は力を合わせて空に走る亀裂を塞ぐように、天へ自らの力を放っていく。    テオドールが傍らに掻き抱いたレイヴンの様子を確認すると、怪我はないみたいだ。  反対側にいる女の子は衝撃で気を失ってしまったらしいが、生きてはいる。   「レイヴン、起き上がれるか?」 「テオ……すみません。このまま精霊力を維持するのが、精一杯で……でも……シルフィード様はまだ、動けるはずです」 「だが、レイヴンが力を使い続けたら倒れちまうだろ」  テオドールは腕に着けていたブレスレットを外し、身動きの取れないレイヴンの腕に通す。  これには割ることによって発動する高位回復魔法と魔力(マナ)回復の効果のある魔石が付けてある。  精霊力が切れたとしても、今のレイヴンなら魔力(マナ)が残っていれば気を失うことはないはずだ。 「何を……」 「精霊王サマたちに加勢してくる。レイヴン、お前は……ギリギリまでシルフィードを」 「……待って、俺も……」  レイヴンはテオドールの手を必死に握りしめながら、重圧のかかり続ける身体で起き上がろうとする。  テオドールは、なるべくいつものように頭を撫でてやる。  といっても、頭へ手を置いてやるくらいしかできない。 「大丈夫だ。俺に考えがある。とっておきを、見せてやるよ」  テオドールがニッと笑いかけてやると、レイヴンが何故か瞳を潤ませてくる。  泣き顔も可愛いが、それは帰った後のお楽しみだとテオドールは笑んで見せた。 「ダメです……行かないで……俺を置いて、行かないで……っ」 「俺はお前の隣に必ずいるって決まってんだよ。だから、泣かないで待ってろよ」  レイヴンを慰めるように、目尻にキスを落とす。  レイヴンの手をやんわりと離させてから、テオドールは無理やり身体を起こしていく。 「……ッ」 「テオっ! 血が……」  重圧に軋んだ身体が耐えられず、押しつぶされた内臓が悲鳴をあげてテオドールの口から血がごぽりと溢れた。  テオドールにとっては予想通りなので、特に問題はない。 「ま、待ちなさ……貴方を行かせる、訳には……あれは魔族の……」  少し離れた位置から、か細い声が聞こえてきた。  クロードには空にいる者が何なのか分かるらしい。女神の力を授かっている聖女だからだろう。  ディートリッヒの処置を終えたクロードが、テオドールを見ながら何かを訴えかけてくる。    テオドールは、出発する前に聖女が何か言いかけていたことを思い出した。  おそらく聖女の予知だったのだろう。テオドールと何か関連があることだったということだ。  テオドールは適当に袖口で血を拭ってから、重い足を床へついて片足立ちの姿勢から気合で身体を起こす。  よろよろで情けない姿だが、一歩ずつ重力に逆らって進みシルフィードの隣までたどり着く。 「……な、テオドール?」 「シルフィード……あんたに、頼みがある。俺をあの化け物の側まで飛ばしてくれ」 「何を言って……」 「あんた、風の精霊王だろ? レイヴンの精霊力が尽きる前に、頼む」  シルフィードは姿が透けてきていた。レイヴンの限界が近づいてきてる証拠だ。  テオドールはもう一つ回復薬を渡したかったのだが、今の衝撃で残ってた分は割れてしまった。 「……僕が、レイヴンに恨まれるような結果にしないでよ」 「ああ。大丈夫だ」  テオドールが言い切ると、シルフィードはテオドールの身体に手を触れる。  風の膜がテオドールの身体を包みこみ、少し身体が楽になる。  テオドールの身体は地から離れ、ふわりと浮いていく。   「テオ……っ!」  テオドールは下方のレイヴンを見下ろす。  泣くなと言ったのに、レイヴンは子どものように涙を流している。  「……後は頼んだぞ。なんてな。じゃあ、行ってくる」  テオドールは挨拶(あいさつ)の意で手をあげて、裂け目の近くまで風で連れていってもらう。  亀裂は精霊王たちの力で広がるのを防いでくれているが、これが最後の力だろう。  シルフィードだけではなく、サラマンダーとウンディーネの身体も消えかかっていた。

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