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249.裂け目

   相変わらずまだ瘴気が止まる気配はないが、テオドールたちの意図は一緒だ。  瘴気(しょうき)が多少喉に入ってしまったが、レイヴンと共に魔法を放つ。 「――暴風竜(ストームドラゴン)」 「シルフィード様、お力をお貸しください」  力を使用したレイヴンのブロンドの髪と濃紺のローブが風に揺れ、テオドールの放った魔法は不可視のドラゴンの姿で辺りに暴風を巻き起こす。 「……と、ばない?」 「暖かい風だ」  テオドールが放った魔法とは別の風がテオドールたちだけを包み込んでいるため、暴風に巻き込まれることはない。  これがシルフィードの力なのだろう。  同じ風でも本質が違うと柔らかく温かみを感じる。  瘴気は暴風に巻き込まれ、程なく消えていく。 「許せぬ――許せぬ許せぬ許せぬ……」  瘴気を吹き飛ばしてついでに身体も切り刻んだというのに、ハーゲンティはまだ立っている。  しつこすぎるだろとテオドールも顔をしかめる。  いい加減倒れてくれないと、そろそろ魔力(マナ)回復薬も尽きてしまうからだ。  テオドールの魔力(マナ)も、だいぶ減ってきてしまっているのが分かる。 「随分粘るな……全く」 「俺、そろそろ無理かも……」  荒い息を吐き出しながら、ウルガーは剣を支えにして立っているのがやっとみたいだ。  さすがのディートリッヒも、鎧がひび割れてところどころ壊れている。  聖女もさっきの一撃で消耗し、次の魔法は難しそうに見える。   「ちまいのはまだいけるな?」 「まほう? つかえる」 「レイヴンも、もう少しいけるな」 「俺は師匠の弟子ですよ。まだまだいけます」  そんなこと強がりを言うレイヴンに対して、シルフィードが無理しないでとなでなでしている。  シルフィードを一瞥(いちべつ)しながら次の一手はどうするかとテオドールが策を練る前に、いきなり飛び出したディートリッヒが残る力を振り絞っていきなり突撃し始める。 「おい、焦るな!」  テオドールが止める間もなく、ディートリッヒの捨て身の攻撃はブツブツと何かを言っていたハーゲンティの胸に突き刺さる。  ビキビキと更に宝石がひび割れる音が聞こえ、ハーゲンティはカクンと項垂(うなだ)れた。 「やったか!」 「……っ、避けろっ!」  テオドールが言うのと同時に、ハーゲンティの腕がディートリッヒの鎧を貫通してディートリッヒの腹を貫いた。  それでもディートリッヒは大剣を押し込んでいた。  ディートリッヒはこれくらいでは倒れないはずだが、捨て身で突撃しやがってとテオドールは何度目か分からない舌打ちをする。 「ディーちゃん!」  聖女がすぐに回復魔法を唱えだす。  ディートリッヒは血反吐を吐きながら、最後の力で剣を引き抜く。 「だ、団長っ!」  ウルガーも素早く疾走(スプリント)でディートリッヒの元へ駆け寄り身体を支え、更に二人を補助するようにシルフィードが風で二人を包み込んで移動させる。 「まだだ、クソ!」  テオドールが追撃で雷の槍(サンダースピアー)を投げ、分割(ディバイド)で数を増やす。  無数の雷を帯びた槍でハーゲンティの身体を狙い撃ちして時間を稼ぐが、とてつもなく嫌な予感がする。  ディートリッヒの回復の時間を稼ぎながら、女の子にも目線で追撃を促す。 「こおり!」  素直に理解した女の子のが放った無詠唱魔法の氷の粒が当たっているが、ハーゲンティは動かない。  すると、突然低く(かす)れた笑い声が辺りに響き出す。 「ククク……クハハ……もう、良い。肉体を捨て、あの方を――」  ぞわりと総毛だつ。  テオドールの勘が、全身で危険を訴えかけてくる。  更に追撃の魔法を放とうとした瞬間、ハーゲンティが突然炎に包まれる。 「今すぐ離れろ!」  テオドールはレイヴンと女の子を抱え、精霊王たちは騎士たちと聖女を抱えハーゲンティから距離を取る。  すると、轟音と共に天井が吹き飛んでテオドールたちも爆風に巻き込まれて身体が吹き飛ばされる。  バラバラと天井が崩れ落ちてくるが、ウンディーネが結界を張って破片を防いでくれたらしい。  辺りが瓦礫(がれき)(ちり)(もや)がかかり、視界が塞がれる。    しかし同時に身体に骨が(きし)むほどの圧がかかり、突っ伏したまま動けなくなった。  テオドールが首だけ動かして何とか状況を確認すると、ハーゲンティの身体は今までの魔族たちと同じように跡形もなく消えている。 「うぅ……一体、何が……」 「っクソ。アイツ、最後にやらかしやがった」  レイヴンの呟きに、テオドールも最悪の予想を返す。  身体へのしかかる重圧に逆らい、視線だけで上を見遣った。    屋敷の外が露わになり空が見えているのだが、空がバリバリという音を立てて避けていく。  裂け目の先に、この周辺をまるごと飲み込むような黒く禍々(まがまが)しい手のようなものが(うごめ)いているのが見えた。  呼吸をすることを許さないような圧力が、身体中を支配する。

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