250 / 254

248.溢れ出す闇

   聖女がハーゲンティの胸にある宝石へ攻撃をしかけると、魔族から声にならない声があがり宝石がビキビキとひび割れていく。  ひび割れと共に耳をつんざくような咆哮が聞こえた瞬間、ハーゲンティを中心に巻き起こった黒い風で騎士二人は吹き飛ばされて地面に突っ伏した。 「……って。うぅ……」 「大したことはない、が。息が……」  二人も何とか動けるようだ。剣を使いながら必死に身体を起こそうとしているが、テオドールの魔法も黒い風のせいで解除されてしまった。  テオドールも風の余波で弾き飛ばされて体勢を崩してしまったが、今も噴き出し続けているのは瘴気(しょうき)だろうか?  テオドールはチッと忌々しげに舌打ちする。  普通に呼吸すると、息苦しくて集中できないのは瘴気のせいだろう。  聖女と女の子は、ウンディーネとサラマンダーの結界のおかげで守られていることが目視で分かる。  二人の精霊王でも二人の範囲しか守る結界を張るので精一杯という瘴気なのだということだ。 「っくぅ……止まらないこの瘴気を中和するのに精いっぱいだよ」  シルフィードの言う通り、ハーゲンティの身体からまだ瘴気が噴き出し続けている。  瘴気を吸い込み続けたら、テオドールたちは動けなくなってしまうかもしれない。  だがそれでも多少は動けて喋ることができる状態なのは、シルフィードのおかげなのだろう。  ただレイヴンもシルフィードを召喚し続けているせいで、かなり消耗している。    レイヴンが精霊魔法を使用できるようになったのは、ここ最近だ。  さすがに精霊王を召喚して持続し続けるのは、厳しいに違いない。 「……はぁっ……俺が、やらないと。みんなが……」    無理をし続けるレイヴンの身体がふらりと傾いたので、テオドールはすぐに隣に駆け寄る。  腕を伸ばし身体を支えるように、レイヴンの腰を抱き寄せた。  左手でレイヴンを支えたまま、右手でベルトからレイヴン用に調合した精霊力の回復薬の(ビン)を引き抜く。 「いいから、コレを飲め」 「今は、そんな場合じゃ……」 「そんな場合なんだよ」  レイヴンは意識が朦朧(もうろう)としてきたせいで、冷静な判断力を失っているらしい。  ディートリッヒもキツそうだがテオドールとレイヴンを気にして見ていたせいか、テオドールがやろうとしてることに気づいたようだ。  騎士独特の呼吸法に切り替えて、少しでも瘴気を止めようとハーゲンティへ斬りかかっていく。 「ゲホッ! あぁ……分かり、ましたよ!」  ウルガーも息が整っていない状態で身体も辛そうだが、ディートリッヒと攻撃を合わせて瘴気の量を少しでも減らそうとふらふらになりながら剣を振るう。  効果があるかは分からないが、風の勢いが少しだけ収まった気がする。 「レイヴン、しっかりしろ」    テオドールはレイヴンの細い腰を更に強く抱いて密着させ、口でコルクの蓋をさっきと同じように引き抜いてから中身を口に含む。  今度はレイヴンの身体を少し倒して調整し、そのまま口づけて口移しで回復薬を流しこんだ。 「んっ! ……ケホッ、な、なにを……」 「回復薬だ。さっさと飲み込め」 「や、今そんな場合じゃ……んむぅ!」  レイヴンはテオドールの唇に自然と反応して唇を開くと、少しむせりながら回復薬を飲み込んでいく。  しっかりと飲ませたところで、(ビン)を床へ適当に転がす。 「……はぁっ。何で口移しで飲ませ……」 「無駄に叫ぶと瘴気を吸い込むぞ」 「……はぁ。回復薬、ですか。あ……力が。安定してきました」  レイヴンはテオドールへ怒鳴ろうとするくらいには回復できたらしい。  テオドールたちのやり取りは必死になって斬りつけている騎士二人には見えていないが、他の面々に目撃されているに違いない。  今更レイヴンが恥ずかしそうな顔して赤くなり、テオドールを睨んでくる。 「仲がいいのは分かったけど、後でね」 「自分が思うがまま動くのだな」 「テオドール、あなたという人は……」  精霊王三人から順番にテオドールだけ文句を言われてしまうのはテオドール自身も想定外だったが、まあいいとあっさり受け入れる。  レイヴンが復活したおかげで、シルフィードの力も使って瘴気を吹き飛ばせる状態だ。   「このままいくぞ」 「はい」  テオドールたちにとってこの状況は不利だが、やるしかない。  テオドールはレイヴンに目配せして、息継ぎなしで一気に呪文を紡いでいく。  レイヴンは精霊魔法、テオドールは普通の魔法。  属性は同じものを使用する。

ともだちにシェアしよう!