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257.陛下の頼み事

   テオドールはいつも息をするのと同じように移動(テレポート)をしていたが、レイヴンは集中しないとうまく使えない。  それでも、練習のために発動までのやり方を必死に頭の中で刻み込む。 「……着地地点を頭の中に思い浮かべて、次に自身が到着地点にいる姿を思い描きながら正確な座標を――」  執務室の中では魔法は発動しないが、魔法の原理を組み立てて練習することはソファーに寝転んだままでも可能だ。  テオドールはいつも喋りながら格好つけて指を弾いたりしていたが、あれも発動のきっかけの一つだ。  レイヴンは指を弾いたりはしないが、額に指を当てて思い描く。 「……はあ。やっぱり距離が離れるとどうしてもブレる。計算がまだ甘いな」  城下町の出入り口を思い浮かべようとしたが、途中から思考がぐらついてしまった。  やはり集中力が足りないみたいだ。  レイヴンが諦めてもう一度書類に向き合おうと身体を起こしたところで、扉が叩かれる。 「はい」 「レイヴン様、作業中にすみません。陛下がお呼びです。至急王宮まで来るようにとのことです」 「分かりました。すぐに行くとお伝えください」  どうやら陛下の使いがレイヴンのことを呼びにきたらしい。  前に陛下が言っていた件だろう。レイヴンは身なりを整えて、部屋の外へ出た。  +++  王宮へ出向くと、途中でウルガーと出くわした。どうやら前にディートリッヒが言っていた通り、レイヴンとウルガーの二人が陛下に呼ばれたらしい。 「ウルガーも忙しくしていたみたいだけど、ディートリッヒ様から内容は聞いた?」 「俺には拒否権というものがないからな。ったく……団長らしいというかなんというか。まあ、行けば分かる」  ウルガーの表情が気になるけど、陛下の命だ。レイヴンは全力で使命を果たすのみだと腹を(くく)る。  聞くと、陛下は庭で茶を(たしな)まれているとのことなのでレイヴンとウルガーも王家が使用している中庭へ足を運ぶ。  優しい日差しが差す中、陛下は侍女とアスシオを控えさせて茶を楽しまれていた。  陛下はレイヴンたちが来たことに気づくと、優しく微笑んで手招きする。 「レイヴン、ウルガー。よく来てくれた。今回は文官たちには先に話を付けてある。ここは楽に話をさせてもらおうと思ってな。挨拶など堅苦しいことは省かせてもらった」 「陛下のおっしゃる通りだ。二人とも陛下の心遣いに感謝するように」 「アスシオ、お前も堅苦しいことは抜きだ。今回はあくまで私個人の頼みなのだからな」  陛下がアスシオを(たしな)めると、アスシオも失礼しましたと言って静かに一歩下がる。  レイヴンたちも陛下の側へ寄り、軽い礼だけをして陛下の話を待つ。 「では、改めて。レイヴン、魔塔主代理として国の為に今までよく尽くしてくれた。そろそろ魔塔も落ち着いた頃合いだと報告を受けたのでな。私の頼み事を聞いてもらうために呼び出したのだ」 「はい。何なりとお申し付けください」  レイヴンが答えると、陛下は柔和な笑みを浮かべる。  ウルガーはある程度予測でもしているのか、黙ってその時を待っているようだ。 「レイヴン、そなたには確かめてきて欲しいことがある。遥か遠方の地で、テオドールらしき魔法使いを見かけたという報告を受けたのだ」  陛下の一言でレイヴンは身体が固まるのが分かる。テオドールが……生きていた?  信じていたが、あまりにも連絡がないせいで最近は諦めかけていたというのに……陛下の言葉でレイヴンは複雑な思いでいっぱいになってくる。  レイヴンの様子を察知したウルガーが、ポンとレイヴンの肩を叩いて頷いてきた。 「我が国としてもテオドールは優秀な魔法使いであり、必要不可欠な存在。その噂が真実かどうか、現地に出向いて確認してきて欲しいのだ」 「陛下……お言葉ですが、私は魔塔主代理を預かった身。私にはこの国を守る義務が……」  レイヴンが言いかけると、今度はアスシオが言葉を発する。 「それについては、前回の魔族の招待に答えた時と同様にエルフの里との連携が取れている。エルフの長殿の了承も取れているので万が一の際は問題ない」  アスシオの言葉を受けて、陛下も微笑して静かに頷いた。

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