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259.ウルガーと別れて

   こう見えてもれっきとした騎士のウルガーに弾かれれば、指先でも当然痛い。  レイヴンは普通に声をあげてしまう。 「痛っ!」 「レイヴン。お前、最近なんて呼ばれてるか知ってるか? クールビューティー。異国の言葉でクールは冷静。ビューティーってのは美人ってことらしいが。最近、いつ笑った?」 「そんな二つ名、聞いたことない。笑ったって言われても……笑うどころじゃなかったし」  レイヴンが素直な気持ちを呟くと、ウルガーに両頬をいきなりつままれてぐにぐにとされる。  (にら)み上げて抗議しようとしたところで、ウルガーからようやく解放された。 「ったぁ……なんだよ、いきなり」 「お前の気持ちを全て分かってやることはできない。だけど、レイヴンが一緒に行くと決まったのなら俺も必ずテオドール様を見つけて連れ帰る。陛下の命もあるけど、これはお前のためでもあるんだからな」 「ウルガー……」 「あの人、レイヴンをこんなに悲しませやがって。俺も腹立つから、怖いけど会ったら一発入れてやるぞ」  ウルガーの言葉にレイヴンも少しだけ口元が緩む。  そう言われると、確かに最近笑った記憶はないとレイヴンも思い直す。  レイヴン自身、自然と必死になってしまっていたのだろう。  テオドールのことを忘れようと必死で、大抵魔法の練習か書類仕事で部屋に引きこもっていることが多かった。  時々買い出しで街には出ていたが、必要最低限の用事だけ済ませるだけだった。  テオドールが好きだった酒場にも顔を出してないし、魔道具店のクソルキのところにも行ってない。 「城下町の人もみんな心配してたぞ。テオドール様が顔を出さないから、詳しく知らされていなくても来られない理由があるんだと察してるしな」 「テオはしょっちゅう街に出かけてはふらふらしてたから。それが突然来なくなったら……何事かと思うのは当たり前のことかもしれないな」 「だよなあ。あの人ふざけてるようで、実は城下町の様子を見に行ってたんだろうしなぁ。抜け目のないところがまた腹立つのは分かる」  テオドールはいつもそうだ。街に出ていたのはもちろんギャンブルと酒のためというのもあるだろうが、自然と気づかれないようにやるべきことをしていたのだ。  テオドールは不真面目だけど真面目でもあるというか。守るべきものや、やるべきことを間違えない人だとレイヴンも理解していた。 「俺も一つのことにずっととらわれてはダメだよな。もっと視野を広く持ってないと」 「今の状況に関してはテオドール様のせいだから、そこまで気にしなくてもいいけどな。じゃあ、また後で」  ウルガーとは一旦別れ、レイヴンも旅支度と魔塔への顔出しのために素早く戻ることにする。  この場所からなら、座標はうまく設定できるはずだ。 「――移動(テレポート)」  テオドールの得意の魔法で、レイヴンは素早く魔塔へ飛ぶ。  この身体を引っ張られるような奇妙な感覚に酔う時もあるが、今回は大丈夫そうだ。  発動は成功し、あっと言う間に魔塔の入り口まで来ることができた。  レイヴンはきっとまた集まっているだろう皆の元へ急ぐ。  +++ 「レイヴン様! つ、ついに探しに行かれるんですね」 「パフィト。もう聞いていると思うけど……」  レイヴンの姿を見て、すぐに寄ってきてくれた補佐官代理のパフィトはうんうんと何度も頷いてくれる。  皆の前で話す時以外は、パフィトにも普段の口調で話しかけるようにしていた。  常にきちっとした口調で話すのは疲れるし、何よりパフィトの前では素のままで話していたかったからだ。  まるでやっていることがテオドールのようで笑ってしまうのだが、レイヴンもテオドールの気持ちが少し分かるような気がした。  レイヴンが一歩を踏み出そうとすると、パフィトも素早く隣へついてくれる。 「あの、出過ぎた真似をとは思いましたが、レイヴン様が旅立たれることを聞き皆には私から前もって伝えておきました。魔塔のことならば心配ありません。すぐにでも旅支度を」 「パフィト……ありがとう。魔塔に必ず魔塔主様を連れて帰ると約束する。留守の間、魔塔のことは頼む」 「はい。僕では役不足かもしれませんが、騎士団長様や聖女様が助けてくださってますし大丈夫です。僕も精一杯頑張ります」  パフィトはお任せくださいと、いつもは見せないようなしっかりとした口調でレイヴンのことを送り出そうとしてくれていた。

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