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第19話

のぞを無理やり引き剥がして、保健室のベッドで目を閉じた瞬間から記憶がすっぽりと抜け落ちている。 途中で夢を見た記憶もなく、気がつくとのぞが俺の腹を枕にスヤスヤと眠っていた。 安心しきった顔で眠る瞼が、先ほどの大泣きのせいで少し腫れている。 目の周りの肌が普段より赤みを増して、いつもの数倍かわいく思えた。 綺麗な濃い茶色の髪が、カーテンの隙間から漏れる夕陽で黄金色に輝く。 頬にも光が当たり、白い肌の表面に薄い膜がかかって反射していた。 ―――すげえ綺麗だなー……。 まるで芸術作品のようなその寝顔に、思わず感嘆のため息が漏れた。 すると念入りなノック音の後、しばらく間を開けてから、のぞと同クラの田中が顔を出した。 「お邪魔してごめん。カバン配達しにきただけなんで……。」 のぞのだけかと思ったらしっかり俺の分も手渡すと、人のいい笑顔で微笑む。 「さんきゅ。」 「のぞみん、寝てんの?」 「疲れてたみたいで……。」 「あー、泣かしたなー?」 瞼の腫れに目ざとく気がつくと、俺に向かって人差し指を向けてきた。 「いや、ええと……さーせん。」 「でも気持ちよさそうに寝てるし、いいんじゃない?」 「ごめん。」 「大切にしてあげてね?でも、今野の前で泣けて逆によかったわ。」 のぞの髪を優しく撫でる眼差しは、歳の離れた弟にするようなもので…… 近くで見ると、想像していたいやらしさのカケラもない。 ―――なんか、陽海さんに似てる? 「今野、あやちゃんに告られたんじゃない?」 「あやちゃん?あー、朝の?あの子はどうでもよくて。」 「フッハハハハッハ!!」 さっきまでのぞに気を遣って小声で話していたのに、急に噴きだす田中の口に枕を押し付ける。 「のぞ起きるから!!静かに!!」 「ごめ!てかマジでウケるわ。ふっくく……さすが今野。期待を裏切らないな?」 「なんの期待?」 「いや、こっちの話だから気にしないで。いいわ。最高だわ。お前のこと好きになりそう。」 「きっしょ。」 「ほらね、のぞみん。君の幼馴染は君のことしか見てないよ?」 ―――え?もしかしなくともバレてる??? 今日初めて喋った田中に?なんで?? 「あ、本人にはちゃんと内緒にしてるから。今野のタイミングで言ってやんな?」 「あー、うん。」 ―――恥っず!!! 「どう?俺、マークから外れた?」 「え?あー、うん。」 「獣みたいな目でめっちゃ睨んでくるっしょ?バレてっから。ま、のぞみん相手だったら、そのくらいでちょうどいいよ。この子抜けてるから。」 ―――それもバレてる? 心の中を隅から隅まで覗かれているようで、居心地が悪い。 のぞを溺愛する兄の陽海さんと喋っている時に似ている感覚に、尻がもぞもぞする。 「よっしゃ。同クラのよしみで俺ものぞみん守っとくんで、援護よろしく!じゃ、彼女待たせてるから。」 なんか、のぞが懐くのがわかる気がする。 顔は全然違うけれど、陽海さんに雰囲気が似ているんだ。 年の離れたのぞの兄を彷彿させる、気遣いや眼差し。 恋愛感情とはまた別口の、とてつもない溺愛っぷりが伝わってきた。 *** 最終下校を告げるチャイムが鳴っても、のぞが起きない。 仕方なく足元が覚束ないのぞをひきずるように、強引に下校した。 帰り道では先ほどの会話が嘘のように、いつも通りだった。 甘さも恥じらいもなく、いつもの質より量の無駄な会話。 それが本当に心地よくて、安心する。 くだらないことに笑って、その笑い声を聞いているだけで胸がじんわり暖かい。 のぞの笑い声を聞いていると、耳が喜ぶのがわかる。 でも、俺の部屋に着いた途端。 のぞはすぐにベッドに吸い込まれた。 「ごめん、今日は寝る。色々疲れたんで。」 「ちょい。そこ俺のベッドな?」 「うん。」 「うんじゃなくて、眠いならなんでうち来んの?帰んな?秒で着くから。」 「もー、歩けない。抱っこ。」 「無理。ヘヴィー級赤ちゃん。」 「ちょっとくらいいじゃん。ケチ。」 「制服で寝るなよ。シワになるじゃん。」 「じゃあ、脱ぐ。」 「は?」 ネクタイをしゅるりと外すと、床にぱさりと落とす。 そのままブレザーのボタンを手にかけ、乱雑に椅子に放り投げた。 硬直するしかない俺と目が合うと、いつものような癒されるふにゃんとした笑みではなく、どこか妖艶で人を値踏みするような瞳で微笑まれた。 ―――やっべ。顔見てるだけで勃ちそう……。 顔にかかる髪をうざったそうにかきあげると、綺麗な耳に引っかける。 それだけで、いろんなものが崩れ落ちる大地震が起こった時のように、踏ん張りが効かない。 空気が抜けたぺしゃんこのタイヤのように、その場に力なく尻もちをついた。 のぞは俺の様子に軽く笑いながら、そのままベルトに手をかけると…… 重力に逆らうことはなく、スラックスが足首までまっすぐ落ちる。 シャツが長めなお陰で、ギリパンツが隠れるライン。 だからこそ履いてないように見えて、心臓が耳から逃げ出しそうだった。 ―――えっろおぉ~~~~!!! 生ストリップとか、エロの過剰摂取で吐きそうだ。 どんなAVよりも断然興奮できる。 のぞの写真集発売してほしい。 出来ればサイン付きで……。 ―――これが、童貞卒業している奴の余裕か……? 「これでい?」 「全然よくねえって。ふざけんな!」 勃起どころの騒ぎではない。 もはや、ちょっと射精した。 童貞にこれは刺激が強すぎる。 股間がバレないように、体育座りで文句を言う。 情けないが、仕方がない。 「のぞ、マジで起きて?」 「咲は保健室で寝てたから元気だろ?」 「いやいや、お前の方が寝てたろ?」 「咲も一緒に寝よ。こっちおいで?」 布団を捲ると、シャツが捲れてパンツが見えた。 のぞの股間の膨らみから目が離せず、もう濡れてしまっている下着が股間にべったりと不快なほど張り付く。 「いや、そういうんじゃなくて……。夜まで起きないじゃん。」 「おやすみ。」 「赤ちゃんじゃん。1日何時間寝んの?」 俺の文句は綺麗に無視して、にこっと笑うと布団を頭まで被ってしまう。 こっちの気もしらねえで……。 匂い移るから、ベッドもしばらく使えないし。 勃ちすぎてクソ痛いし、マジ最悪だわ。

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