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第1話

 ステージの真ん中で、キラキラ輝く星を見た。その輝きに強い憧れを抱いた。いつか僕もあんな風に誰かの心を照らす光になりたい。 その為にできる努力は何だってする。どんなことでもメンバーと一緒に乗り越えて行くんだと思っていた。 「ちょっ、待ってよ! 縁(より)……痛いって、ば!!」 さっきまで、あの輝かしいステージの真ん中で煌めく汗と満面の笑顔でファンを魅了していた彼と。 「李斗(りと)……こっち向いて……。」 僕を狭い衣装部屋に押し込んで、簡易的なソファーに磔にする彼とは……本当に同一人物なのだろうか。 汗で湿った彼の長めの前髪から、ポタリと頰に落ちる汗。さっきまであんなに激しく踊っていたのだから無理もない。 こんなに汗をかいてるのに、縁の身体からは甘い花の香りがして…くらくらする。 ラベンダー?カモミール……だろうか。 最近お気に入りのオーガニックコロンだ。 「汗……拭かないと風邪引いちゃう。」 「いいよ、後で。」 「ダメだよ、ほら、ハンカチ……。」 ゴソゴソとポケットを探る僕の手首を ぐいっと掴むと 「早く……李斗。」 身体が……熱いよ。 「ん……!?」 つうっと舌でなぞる。 妖艶な眼差しに……息が詰まった。 縁は、公演の後時々こうなる。 アンコールが終わって、まだ観客達の鳴り止まない歓声が聞こえる。 ライブの後は、気持ちも身体も高揚するのか。 「ここじゃ、やだよ。」 「キスだけ……ねぇ、お願い。」 我慢出来ない。 「!」 ふわりとセットされた金髪が、燃えるように熱い瞳を隠してる。 非の打ちどころのない、完璧に整った顔立ち。 見慣れているはずの僕だって、こうしてじっと見つめられると、鼓動が止まりそうだ。 誰もが一目で恋をする、美しい彼がどうして。 「ん、んぅ……より。」 「はぁ、りと……もっと。」 ……僕なんかを求めるのか。 隙間なく重なった唇の熱。 吸い付いて離れない舌先から、逃れる術を持たない僕は 暗闇の中で、煌めく彼の金髪を、くしゃりと握って……向けられた熱を必死に受け止める。 ヨリの高い鼻に当たって、ずり落ちた僕の丸眼鏡を 「あっ……!」 「これ、邪魔。」 長い指先に掛けると カチャンと床に投げ捨てた。 「な、何するの!」 「俺と2人の時は外してよ。」 「外すと怒るじゃん!お前!」 「他の人がいる時はダメ。」 「……もう、意味わからない。」 講義を込めてムッと睨むと 僕の下唇を親指で撫でながら 「だって、李斗可愛いもん。 ……危ないでしょ。」 大きな瞳が甘く緩む。 にこっとすると、目尻が下がる可愛らしい笑い方は、彼のファンに天使の微笑みと揶揄されている。 そんな彼に「可愛い」なんて言われても。 「止めてよ。……余計に惨めだ。」 「だって、李斗もアイドルじゃん。」 「……違うよ、今は。」 昔は彼と同じステージに立って、少しでもファンに喜んで貰えるよう努力していた。 だけど今は違う。 「僕はもう、アイドルじゃない。」 お前とは違う世界に生きてる。 ……ただの凡人だ。 「……もったいないな。」 目を逸らす僕の頰を何度も掌で摩りながら 頰や瞳に優しくキスを落とす。 「もう、いいでしょ。 ……メンバーが戻ってくるから、離して。」 「いいじゃん、もう少し……。」 触らせてよ。 「!!」 縁が僕の腰を熱っぽく引き寄せた瞬間 「りっちゃーん!?どこー!?」 「おーい!!水ー!!」 遠くから、僕を呼ぶ声がして 「あ!!はーい!今行くよ!」 「!?」 「もう!邪魔!!」 目の前にある筋肉質な身体を 思い切り押し退けた。 「じゃ、邪魔!? 誰に向かって……!」 「もう、縁にだけ構ってられないんだからね! 少しは大人になってよ!? ……ガキで我儘なのは変わらないんだから。」 ファンが知ったらガッカリするよ? そう吐き捨てた僕は、乱れた襟元を正すと 「チームメイトから マネージャーになったからって 甘やかさないからな!」 覚えておきなさい!!と 縁の額に軽くデコピンをした。 そんな僕に、縁は 「……本当、李斗には敵わないよ。」 薔薇色の唇を片手で抑えて くくっと小さく笑った。 ** 「すみません!!遅くなりました!!」 狭い衣装部屋から、急いで楽屋に戻ると ライブを終えたメンバー達から 「あー!りっちゃんどこにいたの!? 早く足マッサージしてー!!」 「その前に俺に水!!あと、いつものプロテイン!!」 「李斗?僕の充電器は?」 次々に指示が飛ぶ。 「マッサージの前にテーピング外して!? プロテインはそこのテーブルにあるし! 充電器は……これから探す!!」 慌ただしくメンバーの世話をしながら 縁に捕まらなければ、もっと完璧に準備出来たのに!と舌打ちした。 他にもマネージャーは何人かいるのに、コイツらは。 元メンバーの僕ばかり顎で使うんだから厄介だ。 人気アイドルグループ『Aquaーアクアー』 4人組のユニットで、半年前にデビューした新人グループながら、こうしてライブを行えばチケットは即日ソールドアウト。 今事務所で1番勢いのある人気グループだ。 実は僕、神崎李斗(カンザキリト)も半年前までデビューメンバーとして、彼らと一緒に練習を積んでいた。 だけど、デビュー直前に怪我をして、靭帯を損傷してからは、医者に踊ることは諦めろと言われた。 今まで目指していた夢や目標を奪われて自暴自棄にもなったが、今は所属していた事務所の計らいでこうしてAquaのマネージャーとして働いている。 当時は歌手としてソロデビューすることも出来ると言われたけど、僕はそれを断った。 デビュー出来なかったのは悔しいけど、それよりも今まで切磋琢磨してきたメンバーを側で支えたいと思ったから。 こうして、働き始めて早半年。 めざましい彼らの活躍に驚くばかりだ。 「ねー?りっちゃん、どうだった? 今日の公演!」 「うん!凄く良かったよ! ただ旭(アサヒ)は、二曲目の入り間違ったでしょ?」 「あはっ!バレてた?」 「バレバレだよぉー。でも、その後のフォローが格好良かったよ!」 「ほんと?良かったー!」 最年少メンバーの旭をマッサージしながら、話していると 「李斗は、旭に甘すぎ!!練習が足りないから本番でミスるんだって言ってやれ!」 「げ、出たよ。仁(ジン)くんのお説教ー。聞きたくなーい。」 「聞けー!!お前はぁー!!」 「ぎゃー、痛い痛い!」 最年長の仁くんが耳を塞ぐ旭の耳をぎゅむーっと引っ張る。 それを横目に見ながら、ケラケラ笑っている海(ウミ)は、着ていた衣装をポンポンと脱ぎながら、 「李斗ー、もう帰っていいー?」 「……だめだよ、待ってて。」 「はぁーい。」 同時に私服に着替えている。 一刻も早く帰りたいらしい。 最年少でチームのムードメーカーの旭(アサヒ) リーダーを務めるしっかり者の仁(ジン) 癒し系でマイペースな海(ウミ) そして Aquaのセンターを務める縁(ヨリ) 個性豊かな彼らだけど、ステージに上がれば他のグループにはない一糸乱れぬパフォーマンスとスキルの高いダンス。音域の広いヴォーカルが人気の実力派アイドルだ。 ……僕にとっては身近な存在だけど。 やっぱり彼らは選ばれたスターなのだと実感する。 「李斗ー?もう直ぐ車出るけど、帰れそうか?」 事務所のチーフマネージャーが楽屋に顔を出す。 「はぁーい!!ほら、みんな帰るよー!」 「りっちゃん、今日のご飯何!?」 「んー、カレー、かな?」 「やったぁー!!僕りっちゃんの作るカレー大好き!!早く帰ろー!!」 「……また、鶏ササミカレーか。」 「ん?何か言った?海。 公演中は体重管理が大事なんだから仕方ないでしょ?」 「……僕は痩せてるもん。デブは仁くんだもん。」 「デブじゃない!!これは全て筋肉だ!」 「……仁くんは何を目指してるの。」 自慢の胸筋を動かして自慢する仁君に、海がやれやれとため息を付いている。 「ふふっ、ほら、帰るよー!」 相変わらず賑やかな彼らに思わず笑ってしまった。 未だに4人一緒に宿舎で生活しているのもチームワークの良さに繋がっているんだと思う。 自分も、元メンバーとして、彼らの活躍を傍で応援出来るのにやり甲斐を感じている。 だから、宿舎に帰ってからの食事の準備から炊事洗濯まで全て担っている。 彼らの為に出来ることは何だってしてあげたい。 そう、思ってるのは……本当だ。 本当だけど。

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