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第2話
宿舎に帰ると、直ぐに夕飯の準備を始める。
共同生活と言っても、各々部屋が割り当てられて居て、共有スペースはリビングくらいだ。
デビュー前は一軒家を借りて5人で暮らしていたけど。
人気アイドルグループになった今は、セキュリティの整ったマンションをワンフロア貸し切って住んでいる。
各々の部屋に防音の作業室まである、至れり尽くせりの環境だ。
共有スペースのリビングはみんなの部屋の丁度真ん中にあって、ご飯の時は自然と集まってくる。
こんなに広いアイランドキッチンを使うのは僕だけなんて勿体無い気がするけど。毎日使っていれば愛着も湧いてくると言うものだ。
海にげんなりされるとわかっていながらも、ササミとブロッコリーや人参、セロリなどの野菜が沢山入った減量カレーを
「♪〜」
鼻歌混じりに煮込んでいた。
後ろから
「……半音高い。」
「!?」
ギュッと抱き締められる。
「……嫌味?」
絶対音感がある奴は、これだから嫌だ。
気持ち良く歌ってる鼻歌にまでケチを付けなくてもいいだろ。
むっとして振り返ると
縁はククッと楽しそうに笑って
「お前の声、好きだよ。」
「……え?」
「たまには……歌ってよ。」
そ、っと耳元で囁いた。
少し低めのハスキーボイスに
ぞくんと背筋が震える。
……ファンが聞いたら卒倒する威力だ。
「歌わないよ。もう。」
わざとぶっきらぼうに答えた。
アイドルだった頃には戻れないんだから。
きゅっ、と唇を噛んで俯くと
「……李斗。」
「へ!?」
カプッ。
僕のうなじを、縁の冷たい唇が甘噛みする。
「な、なに!?」
驚いて首を抑えると
縁はにっこり笑って
「美味しそうだったから。」
当然のように言ってのけた。
さっきまで、ふわりと柔らかく
セットされていた金髪は
今は無造作に降ろされて
サラサラと肩の辺りで揺れている。
縁の瞳はカラーコンタクトをしなくても
薄くブルーがかった神秘的な碧眼だ。
お祖父さんがイギリス系のクォーターらしい。
撮影の時ははっきりした色合いの
ブルーのコンタクトをしているけど
僕はこの、薄茶混じりの自然な碧が
1番綺麗だと思う。
「……や、やめて。」
いつからだろう。縁が僕に触れるようになったのは。
メンバーだった時も、手を繋いだり、ハグをしたり。
それなりに友達同士のスキンシップはあったけど。
「んっ……」
うなじを甘噛みする唇の隙間から
ぬるりと、舌が肌に沿う。
ちゅっと吸いつかれて
ふるっと身体が震えた。
ぐつぐつと煮込んだカレーが沸騰してる。
「お前が言ったんじゃん。
……俺の為に何でもするって。」
マネージャーになるって決めた日。
確かに僕はそう言った。
「でも……縁なら僕じゃなくても……!」
縁みたいな美少年、男も女も問わず選び放題だろうし。
スキャンダルはご法度だから、特定の彼女を作るのは難しいかもしれないけど。
遊び相手ならいくらだって…選べる。
音楽番組の撮影でも、縁に連絡先を渡してきた大物女優やアイドルを沢山見てきた。
縁が、それを受け取ったことは一度もなかったけれど。
「……火、消してよ。」
「聞いて……!」
疑問を持つ僕が間違ってるのか?
ピッとさりげなくIHコンロの
スイッチを消した縁の長い指が
「……!?」
僕の腰に添えられて
エプロンの紐をシュルッと解く。
「真剣に…話してるのに!」
慌てて結び直そうとしても
「や……脱がさないで!」
肩口から少し強引にエプロンを
引っ張るから。
「……俺は、李斗が欲しい。」
ただ、それだけ。
「!?」
ストン……と着ていたエプロンが
簡単に、床に落ちた。
「だめだよ……僕はもう……」
お前とは生きる世界が違う。
キラキラ輝いていたあの頃とは違うんだから。
「……お前の夢は俺が叶えるから。」
Aquaを誰にも負けないトップアイドルにする。
見ている人に夢と希望を与える
輝くスターになる。
「俺の夢は……お前が叶えて。」
そんな風に夢を語るお前が
気づいた時には……好きだった。
「……どうして僕なんか
欲しがるの。」
僕にはない才能も、美貌も、全てを持ってるお前が。
「言ったでしょ。俺は
最初から何もいらない。」
李斗がいれば、それでいい。
そんな馬鹿げたことを言わないでよ。
……何も持っていない僕なのに。
「……変だよ。より。」
お前に返せるもの、何もないのに。
「あぁ、マトモじゃない。
どうして……こんなに。」
お前が欲しくて、堪らない。
じっと僕だけを映す……碧眼に
泣き出しそうになる。
ぐっと眉を寄せた僕を。
「……李斗しか、いらない。」
「!」
……強引に、強く抱き締めた。
きっと、もうすぐみんなが
ご飯を食べに来るのに。
「より……。」
彼の甘い香りは、僕の思考回路まで溶かす。
背伸びして彼の背中に腕を回すと
……ぎゅっとしがみついた。
とくんとくんと、耳に響く
縁の鼓動までもが…愛おしい。
何も持たない僕を
それでも
変わらず愛してくれる彼を
「……ありがと、僕も大好き。」
僕だって
愛さずには……いられないんだ。
照れくさくて、埋めていた顔を
チラッと上げると
「……やっぱり先に、李斗食べたい。」
「は!?ちょっ、と待って……!?」
ふわり、簡単に浮き上がる身体。
縁は僕を抱っこしたまま、スタスタと部屋に向かって歩き出す。
「ま、まだ、準備出来てない……!」
「……大丈夫、手伝ってあげるから。」
「違うよ!料理の方……!」
焦ってジタバタと足をばたつかせて抵抗するけど。
「別にいいじゃん、あいつらだって
子供じゃないんだし。
夕飯くらい勝手に食べるだろ。」
苛立つ縁の碧眼は
完全に、雄の色をしていた。
「ライブで疲れてるのに、可哀想だよ!
縁もちゃんとご飯食べて!?ね!?」
縁の部屋に連れ込まれる寸前
咄嗟に
「そうじゃなきゃ……僕、心配で。」
エッチにも集中出来ないよ?
「!」
縁が好きな高めの声で、お願いしてみる。
外したか?と思ったけど。
ピタリと足を止めた縁は
長い睫毛を2、3度瞬かせた後。
「……そうだね。一緒に食べよう、ご飯。」
うんうん、と納得するように頷いてから
「体力付けないと。……李斗、いつも途中で
ばてちゃうから。」
明日はせっかくのオフだし。
「楽しまないと、ね?」
にこっと、小首を傾げて微笑んだ。
天使みたいに可愛らしい笑顔……の裏で
『今日は、寝かさないから。』
「ひっ……!?」
不敵に笑う悪魔のお告げが聞こえた…気がした。
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