アルマロス(敵、赤族) 黒い身体をした赤族。 過去にディースに首を切られた剣術の教師。 アドバン軍のトップに死体を拾われて、手術された結果生き返った。 そのため、手術跡である縫い目が身体中にある。 ギザっ歯。 アルマロス→奴 って今回は書いてます(名前が明かされていないので) ━━━━━━━━━━━━━━━ 「ディース！」 ルキナの声でハッと意識を戻すと 弓矢が目の前を通り過ぎる。 『あぶなっ！』 奴の顔をすれすれに通ったのか、 避けるとその拍子に首を締め付ける力が弱くなる。 今だと思い、距離を置くために足でお腹を蹴りあげる。 その衝撃で奴はあっさりと倒れ込む。 ....さっきより弱くなってる。 俺の気持ちが少し変わったからだろうか。 こいつに取り憑かれてると、とんでもなく冷静になれず、憎しみが溢れてしまっていた。 一刻も早くサンティアの身体から取り出さなければ。 矢が飛んできた方向を見ると、ルキナとルドがそっちに向かって走ってきていた。 ルキナの手には、白い弓が握られていた。 ちゃんと白いステッキを使いこなせているようだ。 『急に矢を射つなんて危ないのさ！』 奴が起き上がり、鬼の形相でそう叫ぶ。 その恐ろしい顔にルキナは一瞬怯むが、弓に矢をつがえて矢先を向ける。 『ヒヒっ、脅したってこいつの身体にいる限り攻撃しないのは分かるのさ』 相変わらずケラケラと笑っている。 確かに攻撃はできない。 だが、俺はもう弱点が分かってる。 「ルド、木のある方へおびき寄せてくれ」 「...何か分かったのか？」 「俺に任せてくれ」 俺はルドに提案を耳打ちする。 分かったとルドは了承し、彼は大きな木に向かって走って行く。 「おい！そこの泥水野郎！俺を殺してみやがれクソがっ！！」 そう叫ぶと、奴はルドの方へ向く。 『あぁ？』 奴は不機嫌そうに彼を追いかける。 ...何か古典的な誘導の仕方だが、俺は奴が見てない間に他の木に身を隠す。 木のえだを次々と渡っていき、先に誘導先の木の方へ行く。 その間でも、 「やーいやーい！！そんな黒くなるまで風呂に入らなかったのか！？臭すぎて鼻がもげそうだぜ！」 と叫ぶ声が聞こえてくる。 何を言ってんだあいつは。 聞いていて少し滑稽な彼だが、彼なりの作戦があるのだろう。 奴もちゃんと彼の挑発にのっていた。 あんな単純な挑発にのるやついるもんだな。 あれが奴の弱点だったりするのか？ とにかく、お互いに滑稽だ。 俺とルキナは彼らの言動を引き気味に見守る。 そして俺とルキナが誘導先の木にたどり着き隠れると、 あと少しで奴とルドも木にたどり着こうとしていた。 ....だが、あと少しの距離というところでルドは奴に首を掴まれる。 『おいおい、俺を怒らせたいの？この命知らず』 「ムカついたから挑発したんだよ、そしたらあっさり挑発に乗るとかアホだよなー」 首を掴まれても、ルドは余裕な態度で罵倒する。 俺がやられた時は喋ることすらできなかったはず。 ...やはり、力が弱まってるのか。 「あと」 「命知らずなのはあんただから」 そうルドが言うと、タイミングよくルキナは木から奴のところに矢が飛ばす。 奴の襟に矢先が通り、そのまま地面と一緒に刺さる。 『クソッ.....!!!』 「よし！」 ルキナは身体に当たらずに上手く刺さったことに喜びガッツポーズをする。 完全に強く刺さったためか、地面に仰向けの状態で奴はバタバタ動いても全く矢は抜けなかった。 俺はそのまま木から奴のところに降り、剣を念の為に袖に強く刺す。 『へっ、俺を動けなくさせたって攻撃はできない。こいつが変わらない限り俺は出てこないのさ』 身動き取れなくても余裕な表情で煽りを入れてくる。 俺は奴の身体を跨るように立つと、奴の顔を覗き込む。 ....一か八かだが、俺は奴に向かって語りかけた。 「そうか、じゃあ聞いてくれ」 「サンティア」 ━━━━━━━━━━━━━━━ 意識が朦朧とする中、ふと自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。 ディースらしき声だが、いつもよりも優しく声だった。微かに声が震えているのか気のせいだろか。 霞んだ視界だが、瞼を開けると目の前にはディースが突っ立っていた。 また夢だろう。 でも今回は大人のディースなんだなと、ぼんやりと考えていると 「今まですまなかった」 と突然謝罪をされる。 「え？」 つい腑抜けた声が出てしまう。 あのディースが謝罪なんて。 こんなの現実だったら有り得ない。 「謝って許されることじゃないのは分かってる」 「どうしたの、ディース」 そう聞き返しても彼は返事せず、そのまま話を進める。 「だが、もう一度お前と向き合いたいって思ったんだ」 あまりにもキャラじゃない言葉に混乱してくる。 まったく彼の話が掴めない。 どうしてそうなったのだろうか。 「サンティア、この木覚えてるか」 そう言われ彼が横の木を指さす。 微かにしか見えなかったが、確かに見覚えがある木が立っていた。 「これは...」 「お前と初めて会った時に、お前が怯えて隠れた木だ」 僕が隠れた木だ。 そしてこの場所は初めて会った場所だった。 だが、ディースは知る訳がないのだ。 だって君は僕のせいで記憶が無くなっているはずなんだ。 「なんで知って...」 「思い出したんだ、全部」 「俺の思い出はあまりいい気分にはならなかった」 彼は俯かせる。 表情は見えないが、彼が苦しそうにしているのが伝わってくる。 そんな彼を見て、記憶を無くさせてしまったことを思い出し、僕は胸を痛めた。 「だが、俺はそんな過去を打ち消すような人 に会うんだ」 彼は一歩、また一歩とこちらに近づく。 「サンティア」 目の前で立ち止まると、僕の名を呼ぶ。 「お前がいたから、俺は救われた。 俺の人生を変えてくれた」 「本当にありがとう」 彼が微笑むと、僕は唖然としてしまう。 何年ぶりだろうか。彼が笑っているのは。 ....これが現実だったら良かった。 ついに願望夢も見るようになってしまうなんて。 彼から謝られ、お礼も言われ、なんて幸せな夢なんだろうか。 だが、同時に罪悪感が襲ってくる。 本当に彼が記憶を取り戻したのなら、なおさら君になんて顔をすればいいんだ。 ふと手に温もりを感じ、視線を手に向けると彼に手を取られていた。 そして、そのまま強く握られた。 「ちょっと、ホントにどうしたの？」 相変わらず僕の声は届かなかった。 握っているディースの手は微かに震え始める。 彼の表情を見ようとしたが、下に俯いていてまた見えなくなっていた。 「ディース？」 「サンティア、お願いだ」 「頼むから、戻ってきてくれ」 その言葉を聞くと、僕はハッと走馬灯のような速さで今までのことを思い出す。 僕は数日前に赤族の人に襲われた。 その日から、僕の気持ちが揺らぐような過去を寝てる間に思い出させられていた。 僕が負の感情になりやすくなった時、ディースがルド達と仲良くしてることに嫉妬し逃げ出したら、階段を登る最中に足がふらつき落っこちた。 あまりにも絶望的な状況や強い嫉妬心で、赤族の人は強くなり、僕の身体を乗っ取ったのだ。 つまり僕は利用されていた。操られていたんだ。 そう思うと、ディース達には申し訳ない気持ちになった。 ディースやルド、ルキナにはすごく迷惑をかけてしまった。 このまま会ったらみんなに怒られるかもしれない。 本当にごめん、みんな。 僕が弱くて、危機感がないせいで。 ディースを好きになったせいで。 ....今更帰れる訳ないじゃないか。 正直、僕はこのまま取り憑かれたままでもいいと思っている。 本当に見せられる顔がないのだ。 自分が情けなくて。 たかが好意を伝えたいがために、こんなにも周りに迷惑かけるなんて。 特にディースとは、一緒にいる資格なんてないんだ。 この好意を無くさない限り。 僕はどうしようもない状況に涙腺が緩むのを必死に抑える。 そして期待を裏切るようにディースの手を強く振り払うと、ディースは咄嗟に顔を上げる。 その時の彼の表情を見て更に驚く。 ....彼は怯えた表情をして、頬には透明な数滴の雫が伝っていた。 ディースが泣いてる....? 僕は予想外な彼に何も声を出せずにいると、彼はまた僕の手を握り、しばらくしてから彼はまた口を開いた。 「幼少期....お前は怪しんだりもせずに優しく接してくれていた。再開した後もそうだった」 「.....」 「だが、俺はお前をずっと怪しんで無視や暴力をしてしまっていた」 「.....」 「....本能からお前を嫌っていた」 その言葉を聞くと僕は耳を塞ぎたくなった。 そりゃあ嫌われても仕方ないことをした。 僕は相変わらず黙っていた。 何かを言う資格なんてないんだ、僕は。 「それを本当に後悔しているんだ」 「....」 僕こそ後悔している。後悔するようなことしかしていない。 何故、君が後悔するんだ。 この先の言葉が怖くなり、もう一度手を振り払おうとしたが、今度は強く握られていて振り払えなかった。 抗えないことを知り、仕方なく何も言わずに話を聞くことにする。 すると、突然ディースは深々と頭を下げた。 「....今まで苦しい想いをさせてすまない。さっきも言ったが許せなんて言わない。俺はお前の気持ちに何度も背いてしまっていた。今更だって怒ってくれても構わない」 「.....」 「.....だから最後に聞いてくれ、サンティア」 「幼い頃からお前が好きなんだ」 「だから....俺のところへ帰ってきてくれ」 そう言われると、僕は彼に優しく抱きしめられる あぁ、そんな...そんなの言われたら... ずっと抑えていた気持ちが一気に込み上げる。 僕の目からは、彼と同じようにポロポロと雫が溢れていた。 僕は強く抱き締め返し、ひたすらに 「僕も好き。どうしようもなくディースが好きだよ。あの時はごめん....ごめんなさい」 と今までの気持ちをぶつける。 それにディースは応えるように 「....返事が遅くなって...本当にすまない」 とボロボロと涙を流しながら3度目の謝罪をする。 謝らないで欲しい。僕は君のたったその一言で幸せなんだから。 何年もその言葉を待っていたんだ。 「ずっと傍にいてくれるか」 「....そりゃあ、もちろん。むしろ傍にいていいの？」 目を腫らし、鼻声でそう聞き返すと 彼も笑いながら そのまま僕の口は彼の口によって塞がれた。 「これが返事だ」 と僕に向かって微笑んだ ....僕は幸せ者だ。 夢じゃなく、これが現実だってこと。 僕の気持ちが彼に届いたこと。 何もかも嬉しかった。 彼の微笑みを見て、更に涙が溢れてくる。 「一緒に帰ろう、ディース」 そう呟くと身体から徐々に何かが抜けていき、視界が暗くなっていった。 ━━━━━━━━━━━━━━━ 「＿＿＿てことあったよね、懐かしいな」 僕はベッドで横になりながら、ニコニコと話す。 「何回話すんだ。一生話す気か、お前は」 ディースはそんな僕を見て、呆れた表情でため息をつく。 「大人しくこれ食べて、寝てろ」 そう言われると、お粥とスプーンが乗ったトレイを渡される。 僕は、はーいと返事をしお粥を食べ始める。 あの事件から数日経ち、敵の襲撃もなく平和に暮らしているが 僕は大量に睡眠薬を飲んだ副作用で体調を崩し、ディースも変わらず普段はドライだった。 だけど、前よりも僕の話をちゃんと聞くようになったり 体調崩した時は呆れながらも看病をしてくれるようになったり 時に笑顔を見せてくれるようになった。 ちゃんと僕を大切にしてくれていることが分かり、喜ばしく思えた。 「あの後、無事に赤族の人から解放されたんだけどルド君とルキナちゃんにすごく怒られたよね」 「....確か泣きながら怒ってたな」 「そうそう、ひたすらにバカって連呼されてねー」 「あの2人感情的になると賢さ無くなるよな」 「確かに！」 そう言うと2人同時に笑い出す。 ディースとこんなたわいもない会話ができるなんて、前の自分は思ってもみなかっただろうな。 そう思うと、ニヤついていたのか気づけばディースは蔑んだ目でこっちを見ていた。 「....何考えてる」 「え、いや何もないよー」 「看病係代わってもらうか？」 「嫌です。言います」 渋々とさっき考えてたことを正直に言うと、ディースはふっと鼻で笑う。 恥ずかしいから言いたくなかったのに。 「恥ずかしい思いしたから、今日は一緒に寝てよ」 試しに裾を掴んであざとくお願いをしてみるが、余計に恥ずかしくなる。少し顔が熱くなるのを感じた。 いい歳してなにしてんだ。 僕のお願いに少し驚いた表情を見せたが、しばらくすると 「....大人しくするなら」 目を逸らしながら了承してくれた。 その日の夜、お願い通りに一緒に寝てくれた。 初めは「風邪がうつる」といってディースは距離を置いていたが しばらくするとディースから僕を抱きしめていた。 こんなことをして、お互いにまったく眠れずにいると 「そういや....」 とディースが口を開く。 「どしたの？」 「いや、今更なんだが」 「....あの時お前が毒を盛った理由が知りたいんだ」 「あー...」 長くなることを前置きに伝え、僕は理由を隅々まで伝えた。 ………… 幼少期。ディースが僕の家に住み始めてからしばらく経った頃に、兄に赤族からの連絡が来た。 その赤族から 「ディースを周りにバレずに始末しておくように」と命令を下された。 もちろん僕も僕の兄も始末することは考えなかった。だが、赤族の権力は凄まじい程大きく、青族の僕らは命令を逆らえる立ち位置にいなかった。 何とかしてディースを安全に暮らさせたいと思った兄はとある提案を出した。 「ディースの記憶を消そう、サンティア」 一瞬、兄の考えは正気じゃないと思った。 今まで一緒に過ごした3年間を消すと言ってるようなもんなのだ。 最初は反対していたが、 「今は自分のことを忘れた方が彼の為になる」 という兄の言葉に納得してしまった。 小さな悪魔と呼ばれ、追われてる身であるディースにとっては全てを無かったことにすれば何も恐れずに暮らせる。 全てを解決はしていないが、彼の記憶を消し、赤族に始末したことを伝えれば 彼の身を守れると思った。 そう思い立って兄は、記憶を無くす薬を調薬し、ディースの料理に混ぜた。 しかし、その薬を飲ませたことで事態は悪化した。 薬の副作用で、彼は血を吐いてしまったのだ。 「あれ、副作用だったのか」 「....あれは本当にごめんね。記憶が消えちゃうからしっかりテストができなくて...」 「それはもう気にしていないが....そのせいで俺は毒だと勘違いしてしまった」 「....だからあんなにキレたんだね」 ディースは牢獄にいた頃、毒を飲まされたことが何度もあったため、トラウマだったことを思い出す。 それと同時に あの時、ディースが僕に襲いかかり殺されそうになったことを鮮明に思い出すとつい身震いしてしまう。 その様子を見たディースは、「本当にすまない」 と謝りながら強く抱き締めてくる。 大丈夫だよと、僕は少しでも安心させるように彼の頭を撫でる。 正直言えば、思い出したくないのはこの後なのだ。 殺されそうになった僕を兄が庇い、そのまま....ディースに殺されたのだ。 普通の人であれば、家族を殺した奴なんてすぐさま嫌いになるだろう。嫌いを超えて、殺したくなる人だっているはず。 だけど、僕はディースのことを嫌いにはならなかった。ましてや幼少期と変わらず好意を抱き続けた。 「よくこんな殺人を好きになったな…」とディースに言われたこともあった。 僕だって、そんなに心は広い方ではない。 だけど、兄が殺されたことに対する憎しみよりも ディースの傍にいられない寂しさが上回ったのだ。 もちろん、兄が嫌いだったとかではない。 賢く、心の底から尊敬できる人で唯一の本当の家族だったし。 だけどディースだって大切な家族だった。 そして....初めての友達だった。 ディースからしても初めての友達だったと思う。 だから幼少期は兄よりもやたらディースと2人でいることが多かった。 お互い性格が正反対で、お互い得意なことが違くて....助け合う機会も多かった。 そのため、絶対に欠けちゃいけない存在だって、僕が突然1人になった時、思い知らされたのだ。 1人じゃ、外を歩けない。海なんて遠いところなんて行けやしない。 体調を崩せば、本を読むことしかできない。 その時はルドに家に来てもらっていたけど、彼の用事でずっと宿屋にいる訳には行かないのだ。 だから、ディースが宿屋に戻ってきてくれたのは本当に幸いだった。 記憶を完全に失くしていたが、宿屋の場所は覚えていたのだ。 彼にとって印象深い場所だったからだとは思うけど、また再開できて心底嬉しかった。 ...これは運命なんだって、その時僕は思ったね。 記憶を失えど、また関係をやり直す機会が訪れたんだ。 すれ違いが多かったけど、無事に君と恋人になれた。 「....色々あったけど、前みたいに仲良くなれて良かった」 僕はそう言ってディースに微笑むと、彼も微笑みながら「そうだな」と返事をし、 「話を付き合わせてしまった、お前はもう寝た方がいい」 と頭をポンポンと優しく叩かれる。 「はーい」と緩い返事をすると、瞼を閉じる。 もうディースとの過去を夢として見ることはない。 だけど、大量に睡眠薬を飲んでまでもう夢に縋り付くことなんて少しも思ってない。 隣には君が寝ている。もう僕は1人じゃない。 夢が現実になったのだから。 僕は心の底から安心したのか、久しぶりに深い眠りついた。 【夢は現実】 end