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第5話

 見舞いの人たちも、よく来る人は足音でわかる。  オレのところに来るのは、歩行器を使った音。  そのはずなのに、今日は違う音が聞こえる。 「チョコ先輩……熱あるって?」  先輩が開けてった隙間から、聞きたかった声がした。  オレのことをあだ名で呼ぶ奴は限られてて、ほとんどの奴らは先輩が呼んでいたように『チヨ』と呼ぶ。  けどその中でも、ほんの数人。  高校時代の後輩たちだけ、オレのことを『チョコ』と呼ぶのだ。  千代田 洸、を聞き間違えたのだという一人が言い出して、なぜか定着してしまったあだ名。 「寝てんのか……んとに、何やってんだよ、あんた……」  さっき耳にした聞き覚えのない音がして、ベッドの横の椅子が動かされた。  それから点滴のために布団の外に出されていた手が握られる。  優しく指を絡められて、それから。 「あーあ、すっかり冷えちゃってんじゃん」  ゆっくりと指の一本ずつをマッサージされて、気持ち良くなった。  高校の時にオレの名前を聞き間違えたバカと再会したのは、持病が悪化して検査に来た時だった。  オレはいくつかの検査室をハシゴするために廊下を歩いていた。  あいつは結構大きなケガをして、最初に入院してたどこかの病院から移動してきたとかで、ストレッチャーに乗せられてた。  受付や待合なんかがある病院の表玄関からかなり離れた、検査病棟の廊下なんてところで、 「チョコ先輩だあああああ!」  って、ドップラー効果でもかかりそうな感じでオレを呼びながら運ばれて行くあいつを見て、目が点になった。  だってほら、病院で誰かに会うなんて、思いもしてなかったし。  しかも『チヨ』と呼ばれるならまだしも、『チョコ』の方で呼ばれるとは予想外にもほどがあるって感じで。  にぎやかでバカで憎めない後輩が、入院中にいったいどうやったのかわからないけど、それなりに手を尽くしたらしく、「見舞いに行ってやって」とあちこちから声がかかった。  昔から憎からず思っていた。  じゃなきゃこんなふざけたあだ名、許すわけない。  そりゃあ、まだ若いですから、お互いにここに至るまで色々と紆余曲折はあった。  向こうの色々は漏れ聞いているし、オレだって先輩のことがあったりまあ、ほらその、色々とあった。  だけど、見舞いくらいはしてやろうって、思えるくらいには嫌じゃなかった。  そのケガでベッドから動けなくなってる男から口説かれることになるなんて、ホントに考えてもなかったけど。

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