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鉛筆

 私は鉛筆、この家の一人娘の持ち物だ。いかにも幼い少女が好みそうな絵柄がプリントされていて、娘は私を赤いペンケースに入れている。本当は揃いの消しゴムが一緒にいた。いま彼は、リビングにある母親が使う雑貨入れに仕舞われている。たまに娘が子供部屋でなくリビングのテーブルで宿題をするときにしか会えない。  離ればなれになったのはしょうがない。消しゴムのカバーが外れてしまったから。娘はただの白い消しゴムに興味を失った。  私たちは本来セットでひと組なのに、引き離された。半身を失ってしまったような心地がした。  みんなよく勘違いするが、私はノートを苛めていない。ビッチと罵ったのは事実だが、さきに煽ったのはあちらだ。私が消しゴムに片思いしているのを知っていた。  気のいい消しゴムは、嘘泣きするノートを律儀にやさしく慰めた。しかも、私には説教をした。何があったか知らないが喧嘩はやめろ、ノートが泣くまで責めるなと言った。まったくもって面白くない。  ノートが弱いはずないだろうに。それが消しゴムにはわからない。消しゴムは、ノートがどんな筆記用具に対してもあけっぴろげなのを無邪気なせいだと思ってる。私が責めているのは、そこじゃない。ノートは自惚れ屋で、外面がいいだけだ。  消しゴムにはわからないのかもしれない。そこが彼のいいところだ。彼は消しゴムで、人間が私を使って犯したミスを、我が身を削ってないものにしているのだから。  私がノートにつけた線を、消しゴムが綺麗に消していく。私は消しゴムと触れ合うことができないのに、私がノートに字を書けば書くほど、ノートは消しゴムに触れてもらえる可能性が増えるのだ。  おかしいじゃないか、おかしいだろう。  私の持ち主が少年ならば、消しゴムに私の先端を刺したりするのかもしれない。私はそんなことがしたいわけじゃないが、こんなふうに離ればなれになるとは思わなかった。  私は知らない。消しゴムのからだを。私は知らない。その表面のなめらかな柔らかさを。私は知らない。その肌触りを。私は知らない。ちいさくなった灰色の滓の硬さを。  いつか、消しゴムは消えるだろう。  我が身を削って、この世からいなくなる。私もきっと同じだ。短くなれば捨てられるに違いない。  彼と同じに。  それだけを慰めにこの世に在る。

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