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三十二、父との再会

 光政を筆頭とする西軍は、堂々たる姿で京の都に入った。  朱雀大路には英雄軍を歓迎する人々が溢れ、鮮やかな紙ふぶきが舞う。晴天のもと、兵たちは誇らしげに顔を上げ、行列を成していた。  千珠は光政の後ろを舜海と駒を並べて道を行く。人目に触れたくないと頑なに嫌がったものの、舜海に半ば無理矢理馬に乗せられ、引き攣った表情で今ここにいるのである。千珠の後方には留衣、宗方、唯輝、柊が並び、人々の歓声を意気揚々と受け止めている。  銀髪に真っ白い肌、露草色の狩衣姿の千珠はひと際人々の目を引いた。  都にも噂は届いているのだ、白珞族の生き残りが戦を早々に終わらせたという物語が。それゆえ、千珠は注目の的であった。 「千珠、顔が強張ってるで」 と、舜海は笑いを堪えながらそう言った。 「みんな何でじろじろ俺のことを見てるんだ」  千珠は相当に不機嫌である。 「お前が目立たへん訳ないやろ」 と、舜海。  先頭をゆく光政は華やかな鎧に身を固め、威風堂々たる佇まいである。 「今夜は御所にて盛大に宴を開いてくれるそうだからな、皆の疲れも労えるだろう」 と、横顔で光政は二人に声をかける。 「またかよ。俺は大騒ぎは嫌いだ」 と、千珠。 「お前はほんまに愛想ないな」 と、舜海。  二人の気軽なやりとりに、光政は笑った。  ✿  宴が始まり、大広間は賑やかに華やぎ始めた。空は群青色に染まり、一番星が煌き始めている。  千珠はそんな喧騒の中からそっと姿を消すと、ひらひらと宙を舞う白い小鳥の式神に導かれるままに、広い庭を進んだ。  程なく大きな池が現れ、木立に守られるように小さな建物が見えた。池の上に建つ、六角形の不思議な建物である。  池の縁からその建物まで、一筋の橋が渡されている。式神はその橋のたもとで消え、千珠は一歩ずつ、ゆっくりとその橋を踏み進めてゆく。  格子戸の隙間からは、ろうそくの光が揺らめいているのが見えた。観音開きの木扉を開けると、そこは六畳ほどの小さな部屋である。  その奥に、夢で見たとおりの男が座っていた。  千珠が部屋に入ると、男も立ち上がった。千珠は一歩一歩、まっすぐに父の顔を見ながら歩み寄ってゆく。 「よく来た。待っていたぞ、千珠」  そう言うなり、父親の目には涙が光った。  千珠は、自分より頭二つ分上にある父親の顔を見上げて、じっとその優しい瞳を覗き込む。 「父上……。本当に父上なのですね」 「ああ、そうだよ。本当に、本当に、大きくなって……」  父の手が千珠の頬にそうっと、伸びてくる。今度は幻ではなく、実際の身体にその手が触れた。  暖かい手だ。  色が白く華奢な指だった。人間に戻った時の千珠の手、それとよく似ている。  鉤爪を取り去れば、まるきり同じ手だっただろう。  自然と、涙が溢れてきた。 「父上……」  父親は千珠を強く強く抱きしめた。今までの時間の空白を取り戻すかのように、身を寄せ合い、お互いの鼓動を確かめ合うように。 「千珠、そばにいてやれなくて、すまなかった……。すまなかった……!」  父親は泣きながら千珠を掻き抱きながら、ただひたすらに謝罪の言葉を口にしていた。痛々しい後悔の念が込められた、悲痛な声だ。千珠はかぶりを振って、父親にしがみつき涙を流す。生まれて初めて、声を出して泣いた。  十四年振りの親子の再会を、鈴虫の声が暖かく包み込む。      ✿ ✿ 「十四年、か。言葉にしてみればそれだけのことだが、長かったことだ」  部屋には簡単な食事が用意してあり、二人きりの夕餉となった。 「母上に似てきたな。目元がそっくりだよ。口元と鼻筋は私によく似てる」  そう言って、父・源千瑛(みなもとのせんえい)は目を細めた。年の頃は三十路前半で、はっきりとした二重瞼の優しい目をしている。すっと通った鼻梁とやや厚めの唇は、千珠のそれとよく似ていた。  濃紫色の高貴な紋が入った狩衣と立烏帽子を身に纏い、朝廷の人間らしく、なんとも上品な立ち居振る舞いと物腰である。荒っぽい武士らばかりを見ていたものだから、父の持つ落ち着いた空気に、尊敬の念を抱かずにはいられない。 「生まれて間もないお前を抱いたのが、ついこの間のように思われるよ。珠櫛がお前を連れて里に帰ると決めてから、もう会うこともないと思っていた。……色々と苦労もあったろうに、何もしてやれなくてすまなかったな」 「いえ、これで良かったのだと思います。だから強くなれたんだ」  千珠が言葉を発するだけで、可愛くて仕方がないと言わんばかりに目尻を下げて、千瑛は笑う。 「お前の名声は聞いているよ。逞しくなったな。母上も、さぞ喜んでいることだろう。とても強くて美しい人だったからね」 「そんな母上よりも強かったなら、俺は父上には勝てませんね」  千珠がそう言うと、千瑛は楽しげに笑い、二人は声を立てて笑顔を交わす。 「白珞族に呪詛をかけた連中は、密教屈指の術者だったようだな。使いに調べさせた。惨いことだ……」 「一度帰って、皆を供養したいと思います。母上も、待ってると思うし」 「そうだな、それがいいだろう。私も行ってみたいものだが、今の私には立場もあるゆえ、叶わぬことだ。お前に任せよう」 「はい。母上にも感謝しています、黄泉の世界の入り口で、俺を導いてくれた。父上も、母上も、俺の背中を押してくれた」 「今夜は語り明かそう、千珠。聞かせてくれないか、お前たちの里の話や、青葉の国のこと、仲間たちの話を」  親子で向かい合う穏やかで幸せな時間が、静かに流れてゆく。  しかし千珠は、心のどこかで、この団欒は今この時間だけのものだろうと微かに感じていた。  おそらく、千瑛の心にも同じ思いがあったのだろう。  二人は夜が明けるまで、とくとくと語り合ったのだった。

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