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序 寝ぼけ眼

 もぞもぞと、何か暖かいものが布団の中にもう一つ。  舜海が寝ぼけ眼で布団をめくると、傍らで千珠が丸くなって眠り込んでいる。それに仰天することにももう慣れた舜海は、やれやれと溜息をついて千珠の肩を揺さぶった。 「おい、そんな隅っこにおらんでもええで。こっち来い」 「うーん……」  ほとんど目も開いていない状態で、千珠は身体を蠢かして舜海のそばへと近づいてくる。ぺったりと舜海に身を寄せてまた寝息を立て始める千珠の顔を眺めながら、舜海はその首の下に腕を通し、もう一度褥の上に転がった。  自室で一人眠ると悪い夢を見るのだと言い、千珠は週に一、二度舜海の元を訪れる。どうも戦の時の記憶が引きずり出されるような夢を見るらしく、その度千珠は青い顔をして舜海にしがみつくのだ。  すでに何度か肉体関係を持っていた二人であるが、そんな弱々しい顔をしている千珠を見ていると助平心は失せるもので、舜海はただとんとんと千珠の背を叩きながら寝かしつけたり、頭を撫でて大丈夫だと言い聞かせることを繰り返していた。  それで安心して眠る千珠の顔を見ているだけで、舜海は満たされた気分になった。    その日はすでに夜明けも近かったため、舜海は再び眠ることもなく千珠の髪を梳いていた。絹糸のような滑らかな髪が、指に絡みつく感覚が心地良い。  ふと寝顔を見下ろすと、長い睫毛を伏せて穏やかな寝息を立てている平和な表情に安堵する。ここ最近は、泣きながら眠るようなことは減ってきた。   「んー……」  もぞ、と千珠が身動ぎして寝返りをうった。仰向けになった千珠の顔をしげしげと見つめていると、舜海は久方ぶりに少しばかり下半身が熱を持つのを感じてしまう。 「千珠」  小さく名を囁いても、千珠は起きる気配がない。そんな気分に傾いてしまうと、抜けるような白い肌と紅を差したような赤い唇は、どうしようもなく扇情的に見えてきてしまう。  少しばかり身を起こして、千珠を見下ろす。すぐそばで規則正しく寝息をたてているその唇に触れてみようとゆっくり顔を近づけても、千珠は動く気配を見せない。舜海は吸い寄せられるように、顔を寄せてゆく。  そして、仰天した。 「……何してる」  千珠が薄ぼんやりと目を開いて、舜海を見上げていたのだ。罰の悪さから、舜海の顔にさっと朱が差す。 「あ。あの、これは……」  慌てて弁明しようとしたが、千珠はぼんやりとしたまま舜海を見上げ、夜着の襟元をぎゅっと掴んだ。  そして無言のまま、舜海に巴投げを喰らわせるのであった。

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