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序
木立の生い茂る深い山の中を進んで、もう何時間経つだろうか。荒い息をしながら、その者は急かされるように脚を動かす。
出雲での修行から都へ帰る道しなに感じた、異様な妖気。それを辿って山へ入ったものの、すっかり道に迷ってしまった。
そろそろ日が暮れる。このまま山の中を進むのは危険だ……そう思った瞬間、目の前が開け、山中の高台に出た。
夕日が沈もうとする方向に、高く聳える総漆喰塗の勇壮な城が見えた。城下町からは、夕餉の支度をする人々が生み出したであろう細い煙があちこちから立ち昇り、夕闇に沈みかけたその国の空気は穏やかで、先程微かに感じ取った異質な妖気などなかったかのように、平和な風景である。
しかし、その者の感知能力は並外れたもの。城の方向から、隠そうとしても隠しきれぬ程の強い妖気を感じていた。禍々しいとは言わないが、こんな穏やかな人里にあるにはあまりにも強すぎるものだ。
強大な力を利用し、人間を支配する妖もいる。そんな事態に陥って困り果てている国なのではないかと、その者は懸念しているのである。
微力ながらも、自らの力で何かしら助けになれば……と、その者の歩調が早まる。
「あそこだ。あと少し……」
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