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四十四、家路
それから一週間、千珠達は能登に留まり、傷を癒した。
その間に能登守が訪ねてきては丁重に礼を言い、多額の恩賞を置いて帰って行くという出来事もあった。
業平は遠慮なくそれを受け取ると、その全てを柊に渡してにっこりと笑った。「重い荷物が増えるのは、面倒なので」と言いながら。
荒涼としていた能登の土地にも、青々とした草が生え始め、茶色く乾いていた木々の葉にもみずみずしさが戻ってきた。
そんな風景の変化を見守るうちに、徐々に人の戻り始めたある能登の国を、ついに去る時がやってきた。
山吹の傷は、舜海によってだいぶ治癒が進んでいた。周りの者は、力を使い果たす度に倒れる舜海を苦笑して眺めながらも、徐々に元気を取り戻す山吹を見て喜んだ。
舜海は、千珠にもその力を使おうとしたが、千珠はいつもそれを固辞していた。
注げる力は全て山吹に、と言って。
放っておいても、この地の霊威の強さによって、千珠の傷は徐々に癒える。もともとの回復力の高さも手伝って、一週間後も経つと傷は目立たなくなっていた。
青葉の一行と陰陽師衆は、共に帰路を進んでいた。
「千珠さま、今回も世話になりました」
それぞれのが立ち止まり、別れを惜しんでいると、千珠のそばに風春と佐為がやって来た。二人共、笑顔で千珠と並んで歩き始める。
「こちらこそ……。本当に見事な術式でした。さすがです」
「いやいや、千珠さまにそう言っていただけるとは。修行にも熱が入ります」
と、風春は頰を上気させてそう言った。
「これからも、何かあったら一緒に戦おうね!」
と、佐為はにこにこ笑いながらそう言った。
「いや、もうこんなこと御免被りたい」
千珠が仏頂面でそう言うと、二人も声を上げて笑った。
「それもそうですな」
と、風春。
「けど、寂しくなるなぁ。しばらく千珠と一緒だったから、離れ難いよ。舜海ともしばらく会えないし」
と、佐為はつまらなそうにそう言って、ぎゅっと千珠の手を握ってくる。千珠はさりげなく佐為の手から逃れつつ、曖昧に微笑んだ。
「そうだな。でも、陸続きなんだ。いつでも訪ねてきてくれたらいいさ」
「うんそうだよね!そうするよ!」
佐為は嬉しそうに笑うと、千珠の手をまたぎゅっと握り、ぶんぶんと縦に振り回す。千珠は苦笑いするしかない。
よく晴れた春の一日。さわやかな風が、峠道に吹いていた。
陰陽師衆と青葉の一行は、分かれ道で挨拶を交わすと、それぞれの家路につく。
佐為は、いつまでも手を振っていた。
しばらく進んだところで、千珠はふわりと紅玉の香の匂いを嗅ぎ取った。しかし、その艶やかな姿は見えない。
千珠はその場に立ち止まると、一人後ろを振り返る。うっすらとした紅玉の気配と煙の匂いが、千珠の鼻孔をくすぐった。
「……ありがとう。紅玉」
真っ赤な唇で微笑む紅玉の笑顔が、見えるようだった。すうっとそのあたりから、気配が消えて行く。
「能登を、頼むな……」
千珠は木漏れ日の差しこむ峠道を見つめながら、どこにともなくそう呟いた。
「千珠さまー、置いていきますよ!」
柊の呼ぶ声に、千珠は振り返って駆け出した。
煩わしい呼び声が懐かしく、口元が綻ぶことにも気付かぬまま。
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