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十二、呪いの気配

 奇しくもそこは、千珠と舜海が逢瀬に使っていた廃寺であった。一年ぶりにここへ来た舜海は、今も変わらずこそに鎮座している法堂を見上げて、一瞬立ち止まる。  蝋燭に火が灯され、ぼんやりと薄明るい中に千珠は寝かされていた。忍装束の頭巾などは取り去られ、長い銀髪を埃っぽい木の床の上に広げている。  竜胆は千珠の命が無事であることを確認すると、光政への報告のため、先に城へ戻っていった。  柊と舜海は千珠のようすを覗き込みながら、その枕元に座り込む。 「どうや?具合は」 「落ち着いてはきているが……これは紛れもない呪いだ」 と、佐為は言った。 「呪い?」  柊と舜海が、同時に声を上げる。 「いわゆる鬼殺しのための呪詛。千珠は半妖だから、命までは取られなかったのかもしれない」 「それって……千珠の一族滅ぼした呪いと違うんか?戦の時も、千珠はこんなふうに堕ちた」 と、舜海が佐為を見つめてそう尋ねる。 「そうかもしれない。……その時の状況は?」  佐為は後ろに控えていた立浪秀永と、二人の若者の方を振り返ってそう尋ねた。立浪は青年の背を軽く叩くと、 「先に気づいたのはこいつなんですよ。ほら、お前から説明してみろ」と促す。 「はぁ……」  揃いの黒装束をまとった青年は、千珠よりも年若く見えた。自信が無さそうにおずおずとした態度のその青年は、まずぺこりと舜海、柊に一礼する。 「私は、緒川淳之介と申します。陰陽師衆に加わり、三年になります」 「自己紹介は後でいい、何を感じたか言うんだ」  佐為にびしりとそう言われ、淳之介はびくっと肩を揺らして目を瞬かせる。そして、たどたどしく話し出す。 「……匂いがいたしました。白檀の香りを強くしたような、香りが」 「匂い……?」 と、舜海。 「千珠さまは、頭を押さえて、うずくまっておいででした。国では妖気を抑えておいでのようでしたが、その時ばかりは千珠さまの泣き叫ぶような妖気の揺れを感じました」 「……」  淳之介の物言いに、舜海と柊は顔を見合わせる。それを見た佐為は、 「淳之介は感知能力の高い術者でね。こういったことが役に立つんだ」と説明する。 「わたくしが千珠さまに駆け寄った途端、その匂いは消えましたので、あれは確実に千珠さまを狙った呪詛だと思います」 「術者の気配は?」 と、佐為。 「それが……すぐに気を巡らせたのですが、相手もすぐさま逃げたようで……」 「ふむ」  千珠がかすかに呻いて身動ぎする。はっとした舜海が、千珠の額を撫でた。 「熱い……」 「苦しそうやな……」 と、柊も痛ましい表情だ。 「舜海、君が気を高めてやるといい。そうすれば、千珠はすぐに元気になるだろ」 と言いながら、佐為はじっと舜海を見た。舜海は心配そうに千珠の顔を覗き込んでいたが、佐為の視線に気づくと顔を上げる。 「おお、せやな。こういう時のお前やろ」 と、柊も同調する。 「お、おお……そうやな」  舜海はすっきりしない返事をして、千珠を見つめる。 「あまりこのまま放っておかないほうがいいんじゃない。今回復させておいてあげないと、明日がつらいよ」 「せやな。……よし、分かった」  舜海はぐっと息を吐いて、決心したようにそう言った。佐為は不思議そうに、 「何をそんなに気合を入れる必要があるんだい?いつもやってたじゃないか」と言う。 「そらそうやけど」  柊は舜海の心中を察したらしい。佐為を促し、立ち上がった。 「まぁ、ゆっくりやってやってくれ。佐為さま、帰ろう。槐殿が宇月と待ってるんやんな?」 「うん。それに、この二人も休ませてやんないとね。……まぁ、明日に備えて帰ろうか。僕も疲れたし」  柊に促された佐為、そして立浪と淳之介も、柊の後について廃寺を後にする。表で待っていたもう一人の少年を伴い、皆は城へと戻っていった。

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