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序 夏の夜

 夏の夜が、すごく好きだ。  月夜に舞う蛍や、優しくひんやりとした風や、静かに流れる小川の音。そんな風景を、とても美しいと感じることができた。  昼間の暑さを忘れさせるような、そんな涼やかな夏の夜、初めて見た花火。  涙がでるほどに、美しいと思った。  そして、そんな気持ちを自分に教えてくれたその人のことが、大好きだった。     少年は、一人で小川のほとりを歩いていた。  夏虫の声が、静寂の中に響き渡り、蛙の声と合唱になる。  空を見上げると、月のない夜空に、たくさんの星がきらめいていた。すう、と流れ星をひとつ見つける。  ふと足元をみると、草むらに白い花が咲いているのが目に入った。  少年はしゃがみ込んでその花に手を伸ばす。  夜顔が咲いているのだ。あちこちに、ちらほらと白い花をつけ、それは地上の星のようにも見えた。  一輪の夜顔を摘み取って、匂いをかいだ。懐かしい匂いがした。  ごらん、これが夜顔だよ……と、教えてもらったあの頃のことを思い出す。  その花を耳の上に引っ掛けると、少年は目当ての薬草を見つけて、手早く腰にくくりつけた籠に入れていく。  籠が満たされると、少年は小川のほとりから斜面を駆け上り、暗い夜道を身軽に走った。  その顔は白く、目は夜闇よりも黒い黒色、そして漆黒の短い髪。  あの都での戦いから十年。  夜顔は十七になった。

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