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九、大人びた横顔

「兄上!!」  槐の声に、道場へと向かって歩いていた白い背中がぴたりと止まった。  結い上げた長い銀髪を揺らして、千珠がくるりと振り返る。  すらりと伸びた背と、すっきりとした細面。夏の眩しい日差しを受けて、千珠の白い肌は更に輝いて見えた。少し切れ長になった目元はいかにも流麗で、今も見る者を惹き付けて離さない美しさは健在だ。そんな千珠の鮮やかな琥珀色の瞳が、槐を捉えて喜びに揺れた。 「お前……槐か?」  少し驚いた表情を浮かべ、低く落ち着いた声で千珠はそう言うと、顔を綻ばせる。 「大きくなったな、槐、何年ぶりだろう」  駆け寄った槐は、満面の笑みを浮かべて千珠を見上げた。少しばかり高いところにある琥珀色の瞳を、眩しく見上げた。 「お久しぶりです、兄上。四、五年ぶりになりますか」 「そうか、そんなに経ったか。お前、いくつになったんだ?」 「二十になりました」 「そうか、もうすっかり大人だな」  そう言いながらも、千珠はぽんと槐の頭に手を置いた。しなやかに細く細い手首が現れ、そこに珊瑚の赤い数珠が二巻巻かれているのが目に入る。 「あとでゆっくり、お話ししたいことがあります」 「そうだな。午後まで待ってくれ、今から稽古なんだ」 「はい!」  千珠は二十七になった。  小柄だった千珠も背が伸びて、舜海や柊に追いつきはしなかったものの、すらりとした体躯に成長していた。中性的だった顔立ちにもようやく男らしさが備わりはじめていたが、尚もその顔立ちは端正で美しい。  まるで掛け軸の中から抜け出てきたような美貌を保ち続けている兄の姿に、槐は誇らしさからか胸がくすぐったい思いであった。  北陸で大妖怪を陰陽師衆とともに封印した話は国中を駆け抜け、千珠の名を知らないものは居ないほどになっていた。  その強さが抑止力となっているためか、ここ数年は戦らしい戦は起こらず平和な世が続いている。 「千珠、相変わらずきれいだな」  もう一人の声に、千珠は槐の頭上を超えて視線を巡らせた。 「佐為じゃないか。お前までどうした?」 「久しぶりだね、千珠。そろそろ青葉の結界を締め直さなくてはと思っていたもので、槐を連れてきたんだよ」 「ああ、もうそんな年か。世話をかけるな」 「なに、君たちのためと思えば苦でもない。それに、君たちに子どもが産まれたと聞いたんだ、見に来ないわけに行かないだろう」 「本当ですか、兄上!おめでとうございます!」 「ありがとう」  千珠は微笑んだ。それはとても幸せそうな、満ち足りた笑顔だった。  木刀を担いで、眩しい太陽の下微笑む千珠の笑顔が、佐為は我が事のように嬉しかった。  人の世に迷い込み、孤独と寂しさに震えていた彼を知っているからこそ、今の千珠の笑顔が何よりも嬉しかったのだ。

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