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二十三、二人のかたち
厩へ馬を借りに行った舜海は、ふうと一つ息をついた。なんとか、槐の気持ちは落ち着いたようだ。
「やるやん、お前も」
暗がりから、ぬっと柊が姿を現して、舜海は仰天した。
「うわ!!びっくりした!」
「ははは、気が抜けとったやろ」
柊は黒い忍装束に身を包み、にやにやと笑いながら明るみに出てきた。
「お前、どっからつけてたんや」
「山道やな。槐殿が秘密をあんなふうに大声で言うから、驚いて周りを警戒しながらついてきててん」
「ああ……そうか。それならば礼を言おう」
「なに、国のためだ」
「全く気づかへんかったわ」
「当然やろ。俺を誰やと思ってんねん」
馬を引っぱり出しながら、舜海はちょっと笑った。柊も寺へ行くつもりなのか、馬を連れ出している。
「千珠さまのこと、美しさを悪用されてたんはお前だけやろ」
「え?あ、いや……そうか?」
「俺はそんなこと一回もされてへんで」
「……もういいやん、そんなこと」
舜海は鞍を乗せてひらりと馬にまたがると、口をとがらせた。柊もそれに続くと、またニヤリと笑う。舜海はその目線を手を払うような動きをした。柊はまた笑う。
「ま、そう思えば、お前も千珠さまも、落ち着いたもんやな」
「……昔の話やろうが。今は珠緒だっていんねんぞ」
「山吹のことは、抱くのか?」
「え?」
「共に暮らして、もうすぐ二年だろう?夫婦ではないとはいえ、ひとつ屋根の下だ」
「……まぁ、何度かは。俺もあいつの身体を治療するんや。裸見とったら……そういうことにもなる」
と、舜海はもごもごとそう言った。柊は深く何度も頷いている。
「そうか、安心した」
「何でお前に心配されなあかんねん」
「千珠さまのことがちらついて、女は抱けないのではないかと思ってたからな」
「もうそんな気ないわ。それに今のあいつに、そんな行為は必要ないやろ」
「そうだな。時は流れる」
柊の呟きが、舜海の耳に残る。
千珠と身体で繋がりたいと、思わなくはない。
しかしそれが、今の千珠が望む二人の形ではないと、分かっている。
しかし、千珠が困った顔をしていたり、つらい顔をしているときは、どうしても抱きしめてやりたくなってしまう。昔のように、涙を流して自分にしがみつく千珠の姿を、否応なく思い出してしまう。
自分の胸の中で、安堵する千珠の穏やかな表情を思い出す。まるで昨日のことのように……。
今でも、千珠のことは愛おしい。ただ、二人の間の距離が、少し変わっただけ……。
出会ってから十年以上経った今でも、千珠の存在は舜海の心を甘く縛り続けている。
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