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第47話
今までの、何の変哲も無い普通の日常に突如訪れた非現実的にも思える異分子。
極道とか、極道とか、極道とか!全く縁もゆかりもない人生で、初めて鬼塚組のあのビルに配属されたときは、引き継ぎの先輩ドライバーから一般人には何もしてこないから大丈夫と言われた。
それを証拠に逢う組員は強面の人間も多かったが、ちょっとした冗談なんか言い合えるような間柄になった人間も居て、あ、思ったよりも良い人とか思ってたのに…。
「あの、そもそも一般人には手を出さないんでしょ」
「退っ引きならねぇ状況になったら別やろ。それに佐野心と仲間やないていう証拠もあらへん」
「しょ、証拠とかっ!さっきからあらぬ疑いかけられてるみたいだけど、本当に知らないし…っ!」
思わず声を荒らげてしまい、千虎はハッとした。相手を誰だったのか思い出したのと、あまりにムキになりすぎると反対に怪しいと自分で思ったからだ。
だが心は怒るわけでもなく言い返すわけでもなく、だがジッと千虎に視線を向けた。
「勘弁してくれよ。本当に、知らないんだ…」
「やて、たまたまお前の会社に入って、たまたまお前と組んで、たまたま俺の事務所に来て、たまたま爆薬を仕掛けたんか。そっちの方が無理あるやろ」
おっしゃる通り!言われてみればそうですねと思ったが、本当に佐野心と面識はないし初めて逢ったのだ。
佐野が横乗りしたのは千虎の意思ではない。所長がその日、荷物の少ない千虎のコースを指名したのだ。本当に偶然なのに…。
「で、でも、俺…あのオッさんの連絡先とか知らないし、呼び出すとか…」
「それはこっちで用意する。お前は俺の言う通りに動いたらええ。そしたら仲間やないって分かって無罪放免やろ」
「そう、かもしれないけど…」
「とりあえず、包帯と消毒液、あと飯な」
これは断るという選択の余地はないということか。いや、でも待てよ、これって…。
「じゃあ、行ってきます。あの、アレルギーとか大丈夫ですよね?」
千虎は一応、確認をして財布とスマホを手にした。
「肉系。腹減った」
「はい、じゃあ…」
すっと立ち上がると、なぜか隣に居た鷹千穗までもが立ち上がった。それに千虎は驚いて、また腰を下ろした。
すると鷹千穗も腰を下ろす。
「あの…」
「あほか、逃げれるとでも思うなよ。連れて行け」
こ、この得体の知れない男を!?言葉にならない声を上げて千虎は鷹千穗を指差した。
確かに、これって逃げれるじゃんって思ったけど!思ったけど、この男を連れて歩くとか、それはそれでどうなの!?
「め、目立つじゃん!!!いや、目立っても問題はないけど、いや!でも無駄に目立つじゃん!」
「フード被らせてメガネでもかけさせとけ」
「ええ!?」
「あ、せや、そいつ喋られへんから」
心の俄かに信じがたい事実は、千虎の意識が遠のきかけた衝撃の一撃だった。
駅前のコンビニに行くのもなと、駅と反対方向にある大型スーパーへ向かう。単身者の千虎は滅多なことでは行かない店だが、来客となれば別。
いや、客ではないな…。いや、客か。招かれざる客…。
ちらっと横に視線を向ける。千虎の隣にはフードを被って伊達眼鏡を掛けた鷹千穗が居るのだが、フードを被らせたせいで余計に目立っているように思う。
だが、フードを取るともっと目立つ。フードの隙間から見える白髪に近い銀髪は、染めたそれではないのは明らかだ。天然もの100%で目も銀色。
日本人ではないのか?いや、でも佐野鷹千穗と名乗っていた。
グレーカラーでもない目はまるで宝石のようで、肌も透き通るように白く陶器のようだ。まるで血の通ってない人間のよう…。
「あの、ちょっといい?」
千虎が鷹千穗を見ると鷹千穗は無表情のまま千虎を見た。本当に喋れないようだが、ただ喋れないだけのようで人の言うことは理解出来ているようだ。だが、感情や表情などが一切ないように見えた。
そっと手を伸ばして鷹千穗の手を取った。やはり鷹千穗は微動だにせずに、されるがままだ。
「あったかい…生きてる」
当然のことだが、それで少しだけ安堵した。
本当にこの世のものとは思えない異質さなのだ。異質なだけでなく生まれて初めて、人を美しいと思った。
鷹千穗は中性的でもあるし神秘的でもある。そのせいか、非現実的な世界に居るような錯覚に陥るのだ。
千虎は鷹千穗の手を離して、行こうとゆっくりと歩き出した。
専門店が数多く入り、家族連れで賑わう大型総合スーパーに入ると目的はそれだけとばかりに食料品が売っているスペースへ向かう。
平日とはいえさすが総合スーパー。大勢の客でごった返してはいるが、平日なので人とぶつかるようなほど込み合ってはいない。
千虎はカゴを手に取ると、主婦に紛れて惣菜コーナーを覗き込んでみた。だが好みが一切分からないので、何を買うべきか分からない。
それに、ここまで来て惣菜はなぁなんて思ってしまった。リクエストは肉…漠然とし過ぎていて、どうにもならない。
「よし!とりあえず、三人分なんだし軽く作るか。簡単なもんしか作れないけど…あ、カレーにしよう、カレー」
千虎の言葉に鷹千穗は反応を見せなかったが、特段、気にすることもなくメニューはカレー!と決めた。
一番、手っ取り早く量も各自で調整できる。更には失敗も少ない。10人中半数以上ははカレーが嫌いではないだろう。辛さの好みはあるかもしれないが、招かれざる客なのだからそんなことは知ったことではない。
そう都合のいいように解釈をして野菜コーナーへ移動し、千虎がカゴの中にじゃがいもや人参を入れていると、鷹千穗が何かをじっと見ているのが見えた。
視線の先に見えたのはセール品とうず高く積まれた炭酸飲料だ。コンビニで買うよりは遥かに安い。千虎もここに来る機会があるときは、買ってしまうそれだ。
「いる?」
何となく聞いてみた。だが鷹千穗は返事をするわけでも頷くわけでもなく、そこへ一人で向かって1本を手に取ると千虎のところへ戻ってきた。
表情の変化はないが、千虎は鷹千穗が喜んでいるように見えて思わず笑った。
言われた包帯や消毒液の他に夜食の材料などを買い込んでいると、そこそこの荷物になってしまった。こういうとき車があればなと思ってしまうが、維持費や駐車場等を考えると及び腰になってしまう。
そもそも仕事で朝から晩までハンドルを握り、プライベートでもハンドルを握るというのもどうかと思う。
「ただいまー」
疲れたと雪崩れ込むようにして部屋に入ると、心が顔を出した。
「えらい量やんけ」
「いやだって、まぁいいや。ほら、退いて」
千虎は部屋の中に買ってきたものを持ち運ぶと、床に腰を下ろした。
「初めに聞いときゃよかった。あんたたち、いつまで居るの?」
「あ?」
「とりあえず、あんたは今日、ロフトの俺の布団で寝てくれる?俺はソファ。彼は布団買ってきたから。あんた、一応、怪我人だしね」
心は少し呆気にとられた顔をしていたが、特に反論もないのか黙ってソファに寝転がった。
「お前、俺が言うのも何やけど、変な奴」
カレーを三人で食べながら言われたのがそれだった。だが、確かにそうかもなと千虎は思った。
いきなり極道に不法侵入されて、買い出しに放り出されても逃げることもせずに反対にあれこれ世話を焼いてしまっている。
聞く人が聞けば、バカじゃない?だ。千虎もそう思う。
「うーん。いや、世界が似てるなって」
「世界?」
「そう、住む世界。いや、俺はヤクザとかそういうの全然だけど…。俺さ、バイなの、バイセクシャル。7割男寄りなんだけど同性を好きって弊害が多くてさ。同性を好きになれるイコール病気っていう世界なんだよ。普通じゃない人っていうか、普通じゃない世界に住む異質な対象みたいに見られて…」
千虎はそっと心を盗み見た。だがやはり心は表情も変えずにカレーを頬張っていて、千虎は話を続けた。
「一緒にしていいのかは分からないけど、ヤクザもそうじゃん?いや、俺のヤクザの知識ってTVの世界だけだから本質を知ってるわけじゃないけど…」
「確かに普通ではない世界やな。迫害も受けるうえ、弊害も多い」
「でしょ?俺は鬼塚組の人たちしか知らないけど、根本、悪い人じゃないって思って。いや、極悪人も居るだろうけど…」
「大半が極悪人や。極道やからな。どうやって人を騙しこんで、金巻き上げたろうかしか考えたあらへん」
「で、すよね…」
少しだけ開きかけた心を一瞬で閉ざした。気を許していいものなのか、やはり最後は始末されるかもと警戒心マックスで挑むべきなのかが分からない。
そもそも、心との距離感が分からない。不法侵入している者とされている者。
脅されたり脅迫されたりはしていないが、やはり心の方が千虎よりも上に居るように感じた。
「俺らの世界に限らず、普通でもそうやろ」
「え?」
「人間誰でも、腹ん中なんか褒められたこと思うてへんってこと」
恐らく自分よりも若いであろうこの男は、まだ短いと呼べるその人生でどれだけ人間の裏と表を見てきたのか。もしかすると裏しか見てきてないのかもしれない。
千虎が見てきた世界もまた、人間の裏側の部分だ。
「あ、そういえば、鬼塚さんとこって若いのが多いね。俺の会社よりも平均年齢低い感じする」
「若い…?どうやろうな。あそこに出入りしてるんは一部、限られた連中だけやからな」
「ああ、なるほど。そういえば、ヤクザって感じ全くしない子も居たわ。最近は見かけないけど、一瞬、女の子かなって思ったけど男だったわ。めっちゃ目に特徴のある子で、意思の強そうな感じ」
「あいつは…事情があってうちに居ただけで堅気や。もうおらん」
「ああ、そうなの?ふーん。あ、鷹千穗!溢れてる!!」
千虎は鷹千穗がぼろぼろと溢したカレーに悲鳴を上げた。心はそれを聞きながら、ふと目を伏せた。
食器を片付けている間に鷹千穗に風呂に入るように促した。心は入浴は出来ないというので、濡れタオルを渡した。
甲斐甲斐しく世話をする千虎に心は半ば呆れていたが、ここまでくればとことんしようと開き直った千虎はずぶ濡れの髪のままの風呂から出てきた鷹千穗の頭を乾かしていた。
「せっかく綺麗な髪してるのに、手入れしようよ」
色合い的に一番近いのはプラチナブロンドだ。ツヤツヤで輝く美しさの中に絹の糸のような真っ白な色の髪が混ざる、天然でしか出せない色。見れば見るほど不思議な髪だ。
身体以上に白い頭皮は風呂上がりのせいかほんのりと赤い。上から見ると長い睫毛も髪と同じような色で、銀の目は狼のようだ。
「綺麗だなぁ…」
髪を梳かしていると、冷蔵庫から炭酸飲料を取ってきた心が千虎の頭を軽く叩いた。
「いた、何?」
「お前の恋愛対象が男でも女でも獣でも好きにしたらええけど、そいつには手ぇ出すなよ」
「え!?何、突然!」
「鷹千穗に惚れたか」
「惚れたって…」
ソファに座る千虎の足の間に鷹千穗を座らせ、髪を整えているので会話は全て鷹千穗にまる聞こえだ。
喋れない、表情が乏しい、感情がないというのは短い時間でわかったが、目の前でこういうことを言うのはやはり照れる。
「だって、綺麗だし、かわいいし…」
言うと、心がフッと鼻で笑ったのでムッとした。
「何、もしかしてあんたのなの?」
「鷹千穗が?冗談やろ」
心は露骨に嫌な顔をして千虎の隣に座った。鷹千穗は心の持ってきた炭酸飲料を引っ張ると、千虎を見た。
「ああ、コップね」
千虎は台所からコップを持ってくると炭酸飲料を注ぎ、鷹千穗に渡した。そして、また心の隣に座るのもなと鷹千穗の向かいに腰を下ろした。
「鷹千穗の別名は”死神”や」
「は?なに、見た目のこと?」
「あほか、名の通りや」
「名の、通り?」
どういうことだと眉間に皺を寄せる。どうやら心は言葉数が少ない上に、会話が得意ではないように思える。
鷹千穗がこうなので、仕方なく喋れる自分が喋っているという感じだ。
「俺もこいつの仲間も、その銀髪が血で真っ赤に染まるんを何度も見てきたってこと」
千虎は思わず生唾を吞み込んだ。目の前に座る鷹千穗は炭酸飲料を少しづつ口にして楽しんでいるようで、その姿からは心が言うような情景は想像が出来ない。
「それに、何よりもあいつに手ぇ出したら命の保証は出来ひん」
「え、何、やっぱり鬼塚さんの?」
「俺やのうて、ある男の逆鱗に触れることになるし、そうなったら誰も止められへんってこと」
心はそう言うと意味ありげに笑い、千虎は息を飲んだ。
「梶原の兄貴の葬儀はしないらしいっすよ」
相川は彪鷹に買ってきたコーヒーを渡すと唐突にそう言った。ようやく一人でリクライニングを起こせるようになったものの、動き回るのはまだ至難の業で彪鷹は暇を持て余していた。
それに加えて療養食というのがどうにもたまらない。栄養バランスを考えられた食事は、とりあえず物足りない。
関西人である彪鷹でさえ、少し味が薄いのでは?と思うほどに色々と物足りない。そこで唯一の楽しみが相川が買ってくる大手コーヒーショップのコーヒーだ。
病院の前を走る道路を挟んで向かいにあるのを知ってからは、彪鷹の唯一の楽しみだ。
「最近は弔い合戦とか仇討ちだとか、若いのに火ぃ点けへんためにも極道もんの葬式は禁止されとる」
「葬儀くらいいいじゃないっすかね、死者へのボートクっすよ、マジで。雨宮も見つからねぇし、組長も死神も…みんなかくれんぼ上手くないっすか」
かくれんぼて、一生隠れていてくれた方が世のため人のため平和のためになりますよというような顔ぶれだなと彪鷹は思った。
すると、枕の下でスマホが振動した。彪鷹はスマホと取り出すと、慣れた手つきで弄り始めた。
「何か良いことでも?」
二人の隣でタブレットを弄っていた相馬が、横目で彪鷹を見て言った。相川の言う”かくれんぼ”のせいで、相馬の機嫌は頗る悪い。
彪鷹も本調子ではない、どちらかといえば絶不調な状態なのだから、そんな苛立った状態でお見舞いに来られてもなと思っても口には出さない。平和が一番。
「まぁ、ええことかな」
彪鷹はそう言うと、スマホの画面を相馬と相川に向けた。そこに写し出されていたのは、スマホゲームの一つで彪鷹が飽きることなくプレイしているものだ。
「このイベント待っててんなー。イベント始まったらちゃんとお知らせしてくれるんやから、便利よな」
画面を見た相馬は、この危機感のなさ!いっそ殺すかと大きく息を吐いた。
「鬼塚だけでなく、鷹千穗も居ないのにえらく普通ですね。まるでどこに居るのかを把握されているようですね」
「まだ俺を疑ってんの?」
「鬼塚はともかくとして、鷹千穗が消えたのは何をどう考えても納得がいきませんね。それに来生との話を聞いて考えてみたんですけど、あなたの逆鱗に触れるほどの存在の鷹千穗が消えたのに、あなたはどうしてそんなに普通なんですか?」
「普通、ね。お前、あれを感情の一切ない子供やとでも?」
「感情はないでしょう」
まぁ、そうねと彪鷹は頷いた。
「やて、なんであいつは裏鬼塚におる?俺が居ないのに?どうやって?誰かに教えられてもいないのに?」
彪鷹はコーヒーに口をつけると、相川にコップを渡した。そしてリクライニングを倒すと、スマホを弄り始めた。
「あいつは自分の意思で俺を探して心の元へやって来た。俺がそうしろって言うたわけでもなく、心が呼んだわけでもなくな」
「今回も己の意思で行動していると?まさか、あなたをこんな目に遭わせた報復をしようと目論んでいるとでも?」
「もし、俺が関わってるとしたら、まず鷹千穗を一人では動かさへん。今更やけど、目立ちすぎる」
彪鷹はスマホを枕の横に置くと、無精髭の伸びた顎を指で撫でた。
「それにドラ息子が俺の言うこときくとも思えん。あの目立って意思疎通の取られへん鷹千穗とダメージ負った心、コマとして動かすにはリスキーな上にほぼ役立たずや。そんなん使うくらいなら…」
彪鷹は徐に相川を指差した。
「へ?俺?」
「こいつと、屋敷に居着いてる男、あれを使う」
「高杉ですか?」
「名前は覚えてへんけど、組の武器はあいつがどこからか仕入れてきてる上に爆薬の扱いにも慣れてる、それに聞いた話では訓練でなく実戦での戦場経験があるとか?」
「そうですか」
相馬は流すような視線で彪鷹を見ると、そう短い返事をして、またタブレットを弄り始めた。そんな相馬に彪鷹は肩を竦めると、大きな欠伸をした。
「いいんですか?こんなことして…」
橘は自分の隣で姿勢良く立つ相馬を盗み見るようにして見た。橘の前には数台のPCが開かれており、何やらソフトが起動している。
あまり乗り気でない橘と違い、相馬は微笑みを浮かべて頷いた。
「あの似て非なる二人の違いは、人である獣か、ただの獣かというところだ。大人しすぎると思わないか?」
確かにそう言われてみればそうかもしれないがと、橘は渋りながらも作業を始めた。すると数分ほどで画面が切り替わり、一気にデーターが流れ込んでくる。
「メール、通話履歴、あとは無料通話アプリの内容とか見れますよ」
画面に流れてきた様々な情報を一瞬で見極め、相馬は画面を指差した。それはメールで、橘はそこにカーソルを合わせるとクリックをして開いた。
「これって、彪鷹さんにバレることは?」
「まず、ないですね」
そう、今、二人は彪鷹のスマホをハッキングしているのだ。あの鷹千穗が消えたというのに彪鷹の落ち着きぶり。
いや、あの彪鷹が狼狽えることがあるとは思えないが、何度違うと否定されても、どうも腑に落ちないのだ。
「特に何もなさそうな感じですね…。もともとメールはあまりされないようですね。やっぱり電話が多いようですけど…」
「着信履歴と発信履歴の相手が誰なのか、全部調べられるか?」
「え?はい、それはすぐに分かりますけど…」
相馬はどうしても疑念が拭えないようで、画面を食い入るように見つめている。橘からすれば、それよりも組長である心の行方ではないだろうかと思ってしまう。
重体で一時は危うかったと聞いている。そんな身体で消えたことの心を探すことの方が、ベッドで大人しく眠る彪鷹よりも急務ではないだろうか。
「鬼塚は見つからないよ」
「え!?」
心の中を読まれたのかと思うような橘の思惑への返答に、キーに無骨な指が当たり画面が切り替わった。
相馬は慌てる橘を見下ろして微笑むと、デスクに凭れるようにして身体を預けた。
「あの男が何らかの目的で動き出したときは、その時が来るまで森の中で身を潜める獣と同じなんだよ。動き出す頃合いを見計らって、いつ獲物の喉笛に食らいついてやろうかと牙を隠して息を潜めている。そうなると絶対に見つけられない」
「ええ…」
「だから、彪鷹さんから何かを見つけ出せないかと思ってね」
「はぁ…」
橘は相馬の不気味な微笑みに崎山以上の居心地の悪さを覚えながらも、器用にPCを操作しながら相馬の望む情報を出すことへ専念することにした。
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