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第46話
面会謝絶の札の掛かるドアをノックもせずに乱暴に開け、相馬は部屋の中に飛び込んだ。中に居た看護師が悲鳴を上げたが、後から追いかけてきた佐々木に促されそそくさと病室を出て行った。
鬼の形相の相馬とは打って変わって、ベッドに寝転がる彪鷹は何なのとぶつぶつ文句を言った。
「お前ともあろう奴が非常識やなぁ。病院は静かにせなあかんとこやて知らへんのか」
「あれはどこですか?」
「はぁ?」
「鷹千穗と心です。どこですか」
相馬は彪鷹の言葉を無視して詰め寄った。あまりの余裕のなさに、彪鷹が呆気にとられたほどだ。
「鷹千穗が、どないした」
「ご存じないんですか?」
「あのなぁ…」
彪鷹は呆れたという感じで肩を落とすと、相馬の後ろに居る佐々木に目配せした。佐々木はそれに気が付くと、ベッドの横のリモコンを操作してリクライニングを起こした。
そして椅子を持って来ると相馬の横に置いた。
「腹ぶち抜かれて、手術して、昏睡状態。三途の川の向こうでオヤジが手招きしてるんを見て、ようやく目覚めたんつい最近なん、お前も知ってるやろ。ベッド起こすのも介助が必要なご老体同然やぞ」
「存じております」
「ほんなら、そんな俺に何が出来るちゅうんか教えてくれる?」
「本当に知らないんですね」
相馬は身体の力を抜くと、佐々木が用意した椅子に腰を下ろした。
「知るも知らへんも…まぁええわ、ほんで鷹千穗とうちのドラ息子はどないした。あいつかて動かれへんのんちゃうんか」
「動けたんですよ、これが。看護師が目を離した少しの間に。そして同時に鷹千穗も消えました」
「鷹千穗が消えるてなんなん?」
「言葉通りですよ、屋敷の警護の人間を倒して消えました」
全員、峰打ちなので大した怪我ではないが、鷹千穗が一人で動くというのが理解出来ない。裏で活動していたときも、崎山の命令を聞くときもあれば聞かないときもあるという気紛れさを見せていた。
もし一発で動くことがあるとすれば彪鷹の命令があったときだけだろうが、当の本人が身に覚えがないのなら鷹千穗の行動には首を傾げてしまう。
「本当に、知らないんですね」
「ひつこいやっちゃなぁ。知らんし」
念を押すようにして聞いてくる相馬に、いい加減しつこいと手で払うような仕草を見せた。
「つうか、あのアホが動けたちゅうことは元気ってことか?傷の具合は?」
「下手に動くと傷が開くでしょう。出血を起こせば終わりです」
「ボンベイ型やもんなぁ」
彪鷹は何が可笑しいのか小さく笑った。
託された子供の自分ではどうすることも出来ない弱点を知って、彪鷹はどう思っただろうか。
いや、聞くまでもない。”それがどうした”だ。克服できる弱点だろうが何だろうが、そんなものは関係がないのだ。
そもそも誰しもが弱点だと思っていたとしても、彪鷹も心もそれが弱点だと思っていない節がある。
どうにかなるだろう、まさにそんなところだ。だから絶対安静の今でさえも姿を消すような、相馬から言わせてもらえば奇行に走っているのだ。
「そういえば、あれは静さんを手放しましたよ」
「……は?」
彪鷹は目を丸くして相馬を見た。
「静さんに自ら別れを告げています。これがどういうことか、父親であるあなたなら分かるんじゃないですか?」
「いや、親父ちゃうし。へぇ…吉良を。俺との再会は吉良を奪い返し来たときやったのになぁ。え、何?お前、あいつが覚悟を決めてとか思ってんの?」
「違うんですか?」
「いやいやいや…」
彪鷹は眉尻を下げて、今にも大笑いしそうな顔をした。何を馬鹿げたことをとでも言うつもりなのだろう。
相馬も初めはそう思った。そういう男ではないことは、付き合いの長さから相馬でも分かることだ。
だが、鷹千穗まで消えた状況の今、心が何をしようとしているのか皆目見当もつかないのだ。
「掻い摘んでしか聞いてへんけど、俺が寝とる間に楽しいことが次々と起こったらしいやん?で、裏で動いてるんが来生と神童で決まりとか?」
「はい、風間組を襲撃したのは河嶋で、自ら出頭してきました。彪鷹さん、河嶋は?」
「そりゃ知っとるけど、直接は逢ったことも話したこともあらへん。俺はガキのお守りで組に名前すらないような状態やったし。何しか、あん時は仁流会が右も左も敵だらけ。昨日の友は今日の敵状態やったからな」
彪鷹は口寂しいのか、唇を指で撫でた。
「俺よりもお前の方が知ってるやろ」
話を振られた佐々木は首を僅かに振った。
「私が組に入ったときは河嶋は中に入ってましたよ。私が入ったのはちょうど、世間で言われる”平成の極道戦争”が終わった後だったんですよねぇ。あまり聞きたくない名前かもしれないですけど、氷室派と山瀬派で鬼塚組が二分してた時です」
「あー…、なるほどな」
彪鷹は嫌な名前を聞いたと手を振った。
「彪鷹さん、風間の件を別にしたとして、うちに関わっているのは間違いなく来生ですよ。あなたを襲撃したのは来生かもしれない」
「阿呆、来生にそんな腕あらへんわ」
「来生は以前、眞澄さんを言うなれば唆して鬼塚と鬼頭に決定的な亀裂を生むために暗躍していました。まぁ、当の本人は表には出てこず、眞澄さんも来生の遣いという男としか逢ったことがないのですがね」
「来生はそういう男やし。狡賢い上に警戒心が強て、絶対に表には出てこん」
そう言って苦虫を嚙みつぶしたようは顔をして、彪鷹は鼻を鳴らした。来生との軋轢が目に見えるようだ。
「眞澄さんも来生の口車に乗せられてしまって、相当、危険なところまで入り込んでいましたが、それも”犬小屋”に入れられている間に眞澄さんの右腕がどうにか表に出すことなく片付けました。ですが崎山が調べたところ相当、中にまで入り込んでいる風なんですよ」
「ウイルスと一緒や。見た目は全然平気そうに見えても、中で隠れて息潜めとる。やけど、ある日それが爆発しよるんや。結局な、相馬、いつの時代でも今日の友は明日の敵やねんて」
「おかしな言葉を使わないでください。しかし来生はなぜ、ここまで鬼塚に執着するんでしょうね。跡目争いをした氷室も山瀬も居ない今、何を求めてるんでしょうね」
直接、来生を知らない相馬は理解出来ないとばかりに小首を傾げた。彪鷹はそんな相馬を見て、口の端を上げて顔を歪めた。
「来生は今も昔も鬼塚組の崩壊が仁流会の崩壊やて思うとる。来生は当時、内部争い真っ只中の氷室を裏で唆した張本人や。最後は明神組の当時の組長に命狙われて行方知れず。我のやったことの代償やていうても、組の連中ぶっ殺されて追い込められたら?まぁ、恨む理由にもなるやろ。来生にとって何かしらの理由があればええねん、鬼塚を潰すちゅう大義名分さえあればな」
「ではなぜ、彪鷹さんが狙われたのですか?」
「そりゃ…。俺があいつの居た組をぶっ潰したからやろ」
彪鷹が言うと、後ろに居た佐々木が僅かに眉を上げた。
「彪鷹さんがですか?」
「せや。俺は表側に出ることもない男やったおかげで、ある程度、自由に動けた。あと面も割れてなかった。お前らが表側で大騒ぎの時に、俺は裏で来生のおった組をぶっ潰した。これは梶原さんの命令や」
「だから、梶原さんが殺された…?」
「来生は…」
彪鷹は大きく息を吐いて、渋々という感じで話始めた。
「来生由多加 は普通の家に生まれて普通に育てられてきた、どこにでも居る普通の男。3兄弟の真ん中で、両親もおって生活苦でもなく父親が暴力を振るう訳でも酒乱でもなく、真面目に仕事をして家庭を大事にして子供にも優しく、時に厳しく接してきた。母親は食べ盛りの三兄弟の食費の足しになればとパートに出とったけど、不倫するわけもなくネグレストでもなく良い母であり妻。たまに自分へのご褒美でケーキを買うくらいの平凡な女。その三兄弟はといえば、勉強もそこそこスポーツもそこそこ、素行が悪い訳でもなく、いじめに遭ってる訳でもなく、たまにする悪さなんて悪さと呼べるようなもんでもない、この両親にしてこの子達みたいなのが来生家やったわ。やけどガン細胞と一緒やな。どこにでもあるような幸せな家庭に出たガン細胞、それがあいつや」
「何か、仕出かしたんですか?」
「いーや。表立って何かしたっていうのはあらへんかった。とはいうても、表立ってやん?」
「何か、あったんですか」
「来生の家の近所で、小さい女の子がいたずらされるちゅう事件が勃発した。最初は痴漢みたいなもんや。ちょっと触られたとかな。ああいう奴らは一応、やったらあかんっていう瀬戸際におって自分の欲求を殺して生きてるわけ。言うなれば理性。やけど、それがちょっとの弾みで一線超えてまう。直接のトリガーなんて些細なもんやろうけど、性的欲求って突き進めば止まることを知らん。人間っていうんは傲慢な生き物やから、一度得た快楽の更に強い快楽を得たがる。子供へのいたずらはエスカレートし、ある日、一人の女の子が死体となって発見されよった」
「それ、もしかしてS市の話ですか?」
佐々木が口を挟むと、彪鷹は頷いた。
「今ほど防犯カメラもなくて、被害者の身体も綺麗に清められていて犯人の足取りになるものが一切なく、捜査が難航してたやつですよねぇ?確か、今も犯人は捕まってませんよね?」
「そ、犯人は永久に捕まらへん」
彪鷹は両手を広げて肩を落とした。その意味ありげな言葉に相馬も佐々木も蛾眉を顰めた。
「捜査は難航、警察もお手上げ、引っ張る容疑者はみんな的外れ。そんな事件もあったなぁってなってた世間も関心がなくなった3年後、来生の家の近所でまた事件が起こった。被害者は30代の会社員の男。全裸にされたあげく顔も原型留めへんくらいに何か鋭利な凶器でボコボコ。性器は切り取られて、ご丁寧に男の口にねじ込まれとった。ちなみに、来生の家の周りで少女がいたずらされるいう事件はその男の死体が発見されてからはあらへん」
佐々木は、そういえばそういう事件もあったなと記憶を辿るように目を閉じた。その凄惨な殺害方法はサイコキラーかとセンセーショナルな見出しをつけられ新聞やテレビを連日連夜、賑わせていた。
だがそれも真新しい情報がなくなり、大物芸能人の薬物使用での逮捕が速報で流れると姿を消してしまったのだ。
「残念ながら、私はその事件を知りませんがそれは来生の犯行だと?」
「さぁな、やけどオモロいネタは仕入れた」
「面白い?」
「殺された男は来生の家の近所のアパートに住むサラリーマン。くっそ真面目で近所の評判も良い、あんな殺され方せなあかんようなトラブルを抱えてるなんて誰も想像がつかんちゅうやつ。やけど警察が捜査のために入った男の家で見たんは、品行方正とは言われへんもんやった。男のPCに大量に保存されてたんは、近所の公園で盗撮したであろう女の子の写真。際どいフォーカスから狙ったショットとかな。その中には被害者の女の子もおったらしいわ」
「盗撮だけでは犯人とは断定できませんよ?ただの盗撮マニアかもしれませんし」
相馬が言うと彪鷹は指を鳴らした。
「さすが弁護士。そう、少女が行方不明になった当日の盗撮写真もあったけど、ただそれだけ。盗撮イコール犯人やない。お前の言う通り、ただ写真だけで満足する変態ロリコンかもしらん。まさに死人に口無し、立証するには証拠が弱すぎたんや」
「では仮にその男の犯人だとして、きっかけは少女達への痴漢行為がエスカレートしてしまったとすると、来生のトリガーは…」
「少女を陵辱しているとこを見たか、それとも何らかのきっかけで少女を殺したことを知ったか、来生にとっては単なる理由づけやったんやろうけど自分の理性に言い訳が出来たんや。男を殺してええってな。まぁ、これも証拠があるわけやないけど、来生由多加ちゅうサイコパスが生まれた瞬間ちゅうわけ。過程の話やけどな。そのあと来生は高校を卒業してすぐに家を出て、それ以来、家族とは音信不通ですぐに極道の道に入り込んだ。やけど一番初めに入った組では仲間をぶっ殺してもうて破門。そのあと組を転々としてる途中で、井高典久 と連むようになった。井高はすでに仁流会の二次団体の構成員で、組をデカしたいっていうのがあったんやろうな。それに来生が動いた。氷室に近づいたのがまさにそれ。まぁ、その動きがよろしゅうない動きやったもんで、俺が動いて組をぶっ潰したちゅうわけ」
「来生はシリアルキラーの典型ですねぇ」
佐々木は何か思い出すようにして顎を撫でた。
「狂人に典型なんてあるんか」
「僕もそんなに詳しい訳じゃないんですけどね、シリアルキラー、まぁ大量殺人者でそれもちょっとした異常な殺人を犯した者って意外に潔癖症が多いんですよ。来生も潔癖が故に許せないことがあったんじゃないですかね。子供って純粋無垢じゃないですか、それを己の醜い欲望のままに汚した…みたいなねぇ」
「さぁな。どっちにしても俺はあいつとは一生分かり合われへんって思ったし、神童みたいなイかれた奴とも分かり合われへん」
喋り疲れたわと彪鷹は嘆息した。自分で手を伸ばしてリモコンを取ろうとすると、それよりも先に相馬がリモコンを手にしてゆっくりとリクライニングを倒した。
「私が記憶しているところでは、彪鷹さんは鬼塚同様あまり行動的とは思えません。そもそも組に忠誠心があったようにも思えないんですが、梶原さんに言われたから動いたんですか?来生の居た組を彪鷹さん自ら?」
「お前のその聡いところ、俺は好かんわ」
「すいませんね、知らんふりをすることが出来ない性分ですので」
ベッドがフラットになると、彪鷹はぼんやりと天井を眺めた。
「来生は心のことをどこからか知って、それと同時に鷹千穗のことも知り得たからや」
「鷹千穗のこと?」
「そ、来生は心よりも鷹千穗に興味を示してもうたから…って言うたらわかるやろ」
そう言って微笑んだ彪鷹に相馬と佐々木の背筋は冷えた。ようは、彪鷹の逆鱗に触れたということか。
今回の騒動で及川の元にも鷹千穗の写真が送られてしまっていたようで、彪鷹は危険も顧みずに自ら及川に釘を刺しに赴いている。彪鷹にとって、鷹千穗がトリガーなのだ。
舘石千虎 はすっかり闇に飲まれた住宅路をスマホを弄りながら歩いていた。配送の仕事を終え、コンビニで夕飯を買う。
いつもと変わらぬルーティンだか、飽きるどころか少しの変化で落ち着かなくなってしまう。仕事を初めてからの日常なのでそういうものだろうなと思っていたし、それが退屈だとも思っていなかった。
千虎の家は仕事を始めたときに一人暮らしをしてから変わっておらず、利便性で言うと駅からもそこそこ距離がありコンビニもその駅前にしかないので、あまり良いとは言えない。
ただ、大通りから離れている場所にあり、周りも単身者向けの住居が多いせいもあり静かなところが気に入っているので今も変わらずそこに居た。
千虎の住んでいるマンションは5階建てで、やはり単身者専用になっている。1フロアに部屋は3部屋。1DKだがロフトもあり、風呂とトイレが別になっている。
利便性は悪いが広さやそういう点を見ても家賃は安いし防音もしっかりしているので、次回も更新してしまおうと考えていた。
階段を3階まであがり、一番奥の端部屋に向かう。ここも千虎の気に入っているところだ。
端部屋には出窓が付いていて、その出窓のおかげで部屋が言われているよりも広く感じていた。
キーを差し込んで解錠してドアを開ける。そう言えば、レンタルしたDVDの返却が明日までだった。今日中に観て、明日返却ポストに返さないとな。
「たっだいまー」
誰に言うわけでもなく、つい習慣で言ってしまう。それに返事があるわけでもなく、千虎はドアを締めると靴を脱いで部屋に入った。
短い廊下に単身向けのキッチンとトイレ、風呂がある。そしてその奥に部屋があるのだが、千虎は違和感を覚えた。
部屋の電気が付いている。消し忘れたのかと思ったが、朝は電気をつけるほどでもない。
もしかして、泥棒?
千虎はズボンのポケットからスマホを出して、いつでもそこへ繋がるように110の数字だけタップした。
通話を押せば一瞬で繋がる。千虎は高まる鼓動に気後れしないように、ゆっくりと部屋に近づいて中を覗いた。
だがそこには誰もおらず、TVとテーブルなどもいつもと変わらぬ状態でそこにあった。
「あれ?おかしいなぁ」
千虎はスマホをテーブルに置くと、序でにコンビニの袋もテーブルに置いた。だが何か妙な気配を感じて振り返ると、悲鳴を上げそうなほど驚き慄いた。
悲鳴を上げなかったのは、その口を押さえられたからだ。口を押さえられたまま床に倒され、千虎は暴れることも出来ず、まさに蛇に睨まれた蛙のように微動だに出来なかった。
さらっと男の銀髪が男の額に垂れた。千虎を射抜く目は髪と同じ色で、千虎は”出た、おばけ!!”なんて思ったが、おばけが口を押さえれる訳がないとそれがすぐに現実だとわかった。
しかし次の瞬間には誰だという混乱しか生まれず、パニック状態に陥った。
「大声、出すなよ」
男が喋ったのではなく、後ろから声が聞こえた。目線だけ移すと、異質さはないが恐怖しか生まれそうにない鋭い眼光の男が立っていた。
どこからと思ったが、バスルームのドアが開いている。そこに隠れていたようだ。この男…。
「大声、出さへんよな?」
確認するように聞かれ、千虎は頷いた。それにようやく口を塞いでいた手が離れ、千虎は大きく息を吸い肺に酸素を送り込んだ。
「鬼塚…組長」
「やっぱり知ってるんや。鷹千穗、ええぞ」
心は笑うと大股で部屋に入りこみ、部屋に唯一あるソファに腰を下ろすとそのまま寝転がった。
鷹千穗は千虎の上から退くと、近くにあったクッションの上に座った。千虎は状況が飲み込めないまま起き上がると、何が何だかという感じで二人を見た。
「あの…」
「俺を知ってるんやな」
「え、そりゃ、あそこに出入りしてたら見かけることくらいありますよ。俺はたまたま知っただけですけど…本当に組長だったんだ」
こんな若い男がと、そう呼ばれているときは思ったものだ。自分が聞き間違えたかなとその時は思ったが、こうして実際、目の前にして話してみると醸し出す雰囲気というかオーラが間違いではないと証明していた。
「あの…」
だが、どうして家に?というか…。千虎は横目で鷹千穗を見て、また心へ視線を戻した。
異質というか何というかとにかく人離れしすぎていて、これは俺にしか見えないモノとかではないですよね?と質問しそうになる。
そんな千虎の困惑を知ったのか、心が起き上がった。
「俺は鬼塚心、こいつは佐野鷹千穗。ちょっとの間、世話になるから」
「……は?世話って」
「行くとこあらへんねん。知ったとこはどこも張られてもうてて、ここしかあらへんかってん」
「いや、ちょっと状況が飲み込めませんけど!?」
「お前、佐野心に会ったんやろ?」
「は?佐野心?ああ、バックれたオッサン?それが何?」
「お前にあいつを呼び出してもらおう思うて」
「は…はぁ?」
か、会話にならねぇ!!!まさにそれだった。行くところがないから来たと言われても、面識はないし初対面も同じだ。
そして次に、仕事でバックれた男を呼び出してもらおうと思ってと、なぜ自分がそんなことをしなければならないのか訳が分からない。
脳内パニック状態で物事を整理するとかの以前に、その整理するものが少なすぎて整理も出来ない。何だ、これ…。
「あ、この辺に薬局あらへんの?」
「薬局?」
「包帯と消毒液と…買ってきて」
「は?」
千虎が首を傾げると心がシャツの前を開けて見せた。顔を覗かせたのは白い包帯で、それは首元まで巻かれていた。うっすらと血が滲んでいて千虎はギョッとした。
「え、え…け、怪我してんの!?え、きゅ、救急車呼ばないと!」
「阿呆、どこも行くとこあらへんって言うたやろ。そんなもん呼んだら救急車の前に殺し屋がやってきて、俺もお前もそいつもミンチや」
「み、みんち…」
なぜ俺まで?と思ったが、一緒に居る時点で仲間認証されるということか。そうだ、仁流会だった。
目の前に居るのは仁流会鬼塚組の組長で、ここ最近は風間組の組長が襲撃され鬼塚組も襲撃されたとワイドショーでやっていたのをトラックの中で観た。
これは抗争真っ只中ということか…。
「え、でも俺、関係なくね?」
「あるある。お前がオッサン横乗りさせて、うちのビルに荷物持ってきてたんやろうが」
「それだけじゃん!」
「その荷物に爆薬が仕込まれてて、爆発してんぞ。俺の部下も何人も死んだ。うちじゃあお前もオッサンの仲間や言われてる」
しれっと嘘をつく心だが、その嘘に気が付くわけもなく千虎は顔を青くさせた。
「えええええ!?ちょ、え、でもこの間、俺に逢いに来た人はそんなこと全然言ってなかった!」
「逢いに?」
「そう、えーっと、ちょっとバカっぽい、あーっと、名前はー」
「相川」
「ああ!そう!それと目つきの悪いイケメン!」
「雨宮か…」
「そうだよ、その二人はそんなこと一切言ってなかった!」
「そいつらはお前の出方を見に行っただけや。大体、お前のこと疑ってますって言うわけないやろ」
「…あ、そっか」
なるほどと納得して、千虎は項垂れた。
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