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第65話
「GPSっすね。まさか封印の中にとか思いもよらんかった」
成田の掌に転がされた小さな銀の塊に、相馬は顎を撫でた。間違いではなかったか。
月笙が言う通り車をくまなく調べたところ、微弱電波を放つ部分があった。その微弱電波を辿ると屋敷の車庫の整備スペースに置かれた、心の愛車のナンバープレートの封印部分から小さな発信機が出てきた。
車体の下、マフラーの中、足廻り。隠せるところはいくらでもあるが、見つかるリスクも大きい。
そこを見越して封印の中だろうが、隠すときに自身が見つかるリスクも大きいのにそれでもここにしたということは、何が何でも心を追跡して殺す必要があったということか。
ちらっと車内に目をやる。血で汚れたシートは取り除かれ、車内張りもすべて剥がされている。心が珍しく気に入って長年乗っていた愛車は心の思惑通り、処分されることとなった。
験が悪いということで処分することにしたのだが、よくよく考えてみると車内を血塗れにした要因となったThanatosは心と協力して来生を倒すために動いた。
斬られた本人もThanatosの強さは気に入っているようだし、わざわざ処分をする必要ってあるのかと疑問にも思う。
ここで車を処分すれば、また新しいのをミニカーでも買うかのように買ってくるだろうし…。この車庫にあるプレミアム付きの車はほとんど観賞用みたいなものだ。無駄遣いが過ぎるのではないか?
「若頭?」
何も言わない相馬に成田が首を傾げた。考えるだけ無駄だ。ダメといても無駄だし、言うだけ疲れる。
「いや…小さいな。今ってこんなものなのか?」
相馬の小指の爪よりも小さい、ボタン電池のようなそれを掌で転がした。
「小さいですけど、良い品ですよ。場所も正確で細かい」
橘がタブレットを相馬に見せた。端末に映し出される地図に点滅ランプが灯る。地図を衛星から見たものになっていた。
誤差はほぼないと言ってもいいくらいだ。
「これ、今も?」
「いえ、この屋敷周辺一体は妨害電波でGPSとかの類の探知が出来ないようにしてるんで、これは自分が組んだシステムで特別に読み込んでるんです。とは言っても、逆探知されないように追跡電波も切られた後でしたけど」
「それ、外すのは簡単か?」
相馬が成田が手にした封印を指さすと、成田はマイナスドライバーを手にして笑った。
「簡単っすよ。でも封印は壊すともとに戻されへんもんで、代わりがいりますけど簡単に手に入りますから」
「この車、ここ数ヶ月で検査か何かに出したことは?」
「ありませんね」
言って、相馬と成田は意見が一致したように息を吐いた。出不精の男の愛車に取り付けられた発信機。
車庫は橘が組んだシステムで何重にも鍵を掛けられた金庫のようなものなので、外部からの侵入は不可能。そもそも屋敷への侵入も容易くはない。
では、取り付けられたとすればいつか。言うまでもなく、ひとつしかない。総会だ。それも心がどうしても顔を出さなければいけないような、重鎮クラスの集まる総会。
仁流会に内通者が居るとは思ったが、まさかそこまでのクラスの人間になるとは。
「橘、業者を手配しろ」
「業者ですか?」
「盗聴器を捜索する」
相馬の言葉にそこの居た橘と成田はギョッとした。
「うちと全く関わりのない且つ、信用出来る業者だ。範囲は屋敷敷地内全て。もちろん各々の離れもお前たち幹部のプライベートルームに至るまで全て。無論、私も鬼塚の部屋も例外ではない」
「俺らも、疑うんですか?」
成田が思わず口にし、橘が小さな声で咎めるように名前を呼んだ。
「疑ってるんじゃない。信用しているからこそ、他人にやらせる。疑心暗鬼になって組内部がグラつくのは困る」
納得のいく回答ではなかったのか、成田が顔を顰めた。
「裏切り者は俺だ」
相馬が言って、成田と橘が目を見張る。だが相馬は口元で笑みを作ると首を振った。
「え?まさかと思っただろう?人間、絶対に違うと思っていても本人に言われると揺らぐんだ。俺のところは大丈夫、何も出ないから入るなと鬼塚に言われて反論出来る人間がいるとすれば、私とそうだな、崎山くらいか。だけど崎山も鬼塚が本気でキレると引いてしまうところがある。もし、私と鬼塚が共犯で仁流会を壊そうとしていたとしたら?」
「そんなこと!」
声を荒らげて成田は否定の言葉を口にしようとして言葉に詰まった。それを見て、相馬は頷いた。
「一度、裏切りにあってるお前らからすれば、絶対にないなんて言えないだろ?鬼塚組は一度、真っ二つになっている組だ。それにあれは得手勝手な男で気分屋でもある。明日、敵になってもおかしくないというのはお前らもわかってるだろ?あれの気分次第でどっちにも転ぶ。まぁ、そんなことは有り得ないと言ってやるべきなんだろうが、生憎、あの男が相手だと100%の補償は出来ない」
言われて、二人して横目で見合った。
確かに、相馬の言うことは一理ある。潔白であると証明するからには外部の人間が捜索して、発見するしかない。
もし取り付けた人間が内部に、鬼塚組に居たとすれば発見されないように捜索が出来るわけで、どこにもなかったよと言われて成田が納得できても相馬は出来ないのだろう。
「疑い深くて悪いな」
「いえ…慎重なんはええことです。俺らは一度、それで失敗してるんで」
揺らぐ信用、腹を探り合わなければいけない仲間。組織の中で敵を認識する度に、自分の無力さを嘆いた。
過去の話とはいえ、しっかりとトラウマにはなっている。
「失敗は糧になる。大きな損失は原動力になる。転んだ人間の方が強い。私はそう思っている」
「はい」
結束力を強めれば敵わないものなんてない。どんなに小さな力でも、集まれば強いというのを心が鬼塚を率いてからいやと言うほどに思い知った。
「お前ら幹部連中を鬼塚は信頼している。ああ見えてもね」
「え?」
突然言われ、成田も橘も目を丸くした。
「お前らを選抜したのは大半が鬼塚。成田なんて関西弁だからなんていう理由だったな。鬼塚はああ見えて観察力に優れているところがある。人とのコミニケーションを積極的にとることはしないが、人を観察するのは嫌いじゃない方だ。そして、無駄な時間を嫌うのでどういう人間であるかをジャッジするのも早い。だけど仲間として部下として使うのであれば、本当に信用していいのかどうか判断するべき材料と意見する人間が必要だろ?それが私だ」
「組長が引っ張って、若頭がジャッジするんですか?」
橘が大きな手を合わせて「うーん」と唸った。相馬の話が、どこか消化不良な感じがするのだろう。熊のくせに仕草が乙女だ。
相馬はにっこりと笑って首を振った。
「ジャッジしても無駄なんだ。鬼塚は私の意見はもとより、他人の意見に耳を貸さない。なら本当に私が不要だと思って、鬼塚にもそう判断させるにはどうするか。それは鬼塚が必要ないと考える材料を集めて見せる他ない。まぁ、それがないからお前らがいるんだけど。でも鬼塚がお前達を信頼しうる材料となった決め手は、先代の葬儀だよ」
「葬儀?」
確かに葬儀はした。今ほど暴対法が叫ばれているときでもなかったので、それこそ盛大に、大規模に執り行ったが、信頼されるようなことを何かしただろうか。
そもそも崎山は別として、成田や橘は山瀬が居たからこそ活動出来ていただけであって、山瀬亡き後は他の幹部連中からも異質に見られている存在だった。
所謂、鼻つまみ者だ。警戒されることはあっても、信用されるようなことはないに等しい状態だったのに…。
「鬼塚が言うには、お前達全員が誰一人として涙を流していなかったそうだ」
相馬が口許で笑みを作ると、成田は橘を見た。橘もそうだったかなという感じで首を傾げた。
「先代と話せるほど、近い地位におらんかったんで」
これは事実。今でこそ幹部ではあるが先代の頃は舎弟の中でも下っ端だった。鬼塚組が大きかったせいもあり、チンピラとまではいかなくても先代と会話が出来るような立場ではなかったのだ。
山瀬の元で動いていたといえど、それが組長である先代と対話できる橋渡しになるわけでもなかった。
「それでも”親”だろ?それに山瀬さんの時は全員が全員、大号泣だった」
「なんでそれを!?」
「私も、鬼塚も葬儀には居たんだよ。山瀬さんとは知らない間柄じゃないしな」
全然、気が付かなかったと成田は頭を掻いた。
「でも、失礼ですけど先代は組長の実父ですよね…」
橘は、その親の葬儀で泣かない連中に全幅の信頼を置くという意図を測りかねた。何て軽薄なと思うならまだしも、信頼とはどういうことか。
それに相馬は少しだけ寂しそうに笑った。
「鬼塚にとって父親は佐野彪鷹で、鬼塚氏に何の親近感もましてや信頼もないんだろうね。家族として暮らしたことも話したこともない。父親らしいことをしてもらったことも何ひとつない。それこそ、名前を呼んでもらったことさえもね。その先代の葬儀で誰一人泣いてないことが一番、鬼塚として目を掛ける要素となったんだ。絶望して泣いているわけでもない。これからどう動いてやろうかという闘志は見てとれたんだって」
確かにあの時は先代の死よりも内紛が終わり分裂した組の再建と、次に担ぎ上げる”親”をどうするか、そのことばかりで頭がいっぱいだった。
死を嘆き悲しむよりも、自分たち三下を纏め上げてきた山瀬が亡き状態で古参連中とどう戦っていくのかということばかり考えていたが…。
「ま、私は泣いてないからなんていう漠然とした理由で、全て解決ってわけにはいかない性分でね」
当然、調べることは徹底的にさせてもらったよと、今更とも思える懺悔をするかのように軽く「悪いね」と思ってなさそうな言葉を言った。
「組長は、本当は何を考えてるんでしょう?」
橘がふと漏らした言葉に成田がギョッとした顔を見せた。お前、何を言い出してるんだと言わんばかりだ。
チキンのくせにたまにこうやってぶっ込んでくるから驚く。そして言った本人が一番、慌てていた。
「あ、いや、あの…」
「構わないよ。悪口でも悪態でも罵りでも、私は鬼塚に忠誠を誓った訳じゃないからな。無礼講だ。ここでのことは他言無用で、本人にも言わない」
「悪口ではないんですけど…。その、組長は先代の御子息ですけど、組を継ぐことにはあまり乗り気じゃなかったのかなと。面倒なことを嫌う性分というのは組長付きになってよく分かりました。なら尚のこと、組なんて継ぎたくなかったんじゃないかと」
「鋭いなぁ。ふふ、そうだな、あれはいつまでも佐野心なんだよ」
「佐野って…彪鷹さんと養子縁組してたときの?」
「彪鷹さんは託された心を極道にするために育ててきた。それは自分に面倒が起こらないように。組長が健在な時に返して、ここまで立派に育てましたよと自分は行方を晦ますつもりだったんだろうな。先代が居れば、若頭、若しくは補佐、先代のことだから幹部クラスからのスタートかもしれない。どちらにせよ、彪鷹さんには関係のない話だ。彼は組の幹部でもなければ在籍も怪しいくらいの人間だ。あとは悠々自適に過ごすつもりでいたんだろう」
「計画が狂った…ちゅうことですね」
先代の急死、あれで心は組長を継承することになった。一度目の歯車が狂った瞬間だ。
「名前は鬼塚ではあるけど、あの男は今も佐野心のまま生きている。そして佐野彪鷹はもともと、山瀬さんが見出して使ってきた男だ」
成田と橘は顔を見合わせた。
「そう、彪鷹さんの目的は山瀬さんを組長へ、ゆくゆくは仁流会会長へと推しあげることだった」
「ほな、組長の目的は仁流会会長ってことですか?」
「さぁ?」
思わず拍子抜けする。そういう話の流れじゃないのか?言いたいことがわからずに、唸るような声が出た。
「心がそうであるように彪鷹さんも気分屋な節がある。山瀬さんが亡くなったことで彼の目的は何もなくなった感じだし、心を担ぎ上げる気はないように思う。彪鷹さんにとっても我が子みたいな…いや、そんなこと微塵も思ってないだろうけど、組長という、そういう器じゃないって思っているんだろうね。権力抗争には興味が一切なく、どちらかというと体たらく。煩わしい事を嫌うし、何をするにも腰が重い。機敏に動くのは刀を握ったときだけなんて、組長の器じゃないでしょ」
「それはただの悪口…いや、え、ほな、一体…」
「彪鷹さんが動けと言えば動くし、何も言わない時は何もしない。あれをコントロールしてるのは、佐野彪鷹だよ」
まさかというような、意外な話に二人して顔を見合わせた。だが、確かに今回の襲撃のことに関しても、心の独断で動くというよりは彪鷹の指示が目立つように思えた。
「でも、相手は心だ。いつ面倒になって牙を剥くか分からない。その時は鬼塚組というよりは仁流会が終わりだよねぇ」
ははは!とどこか楽しげに笑う相馬に、成田も橘も顔を青くした。全然、笑えないと。
「あの、捜索は全然いいんですけど、高杉のところは一般人を入れることは出来ませんよ?あそこは何もしないんですか?」
銃刀法違反で済むような可愛いものではない。銃器の数はさることながら、国内で入手するには難しい銃も多い。
実際のところ、銃の入手ルートは高杉しか知り得ない。先代の頃は目立ってしなかったことだが、心が組長になって高杉の過去を知ってどういう話をしたのか、コレクターのように銃器を収集するようになったのだ。
そこへ組と全く関わりのない信用できる業者、イコール、堅気の合法な会社の一般人が入り込めば即通報な案件であるのは間違いない。
「あそこは梁 月笙にやらせる」
「え!?」
想像もしていなかった名前に二人して声を上げた。
「組に入れてほしいそうだ」
「いやいやいや…」
ハイリスクノーリターンでしょうと成田は顔を引き攣らせた。世界を暗躍する殺し屋の一味を仲間になんて、利点は多いかもしれないがリスクがそれを上回る。
「それが普通の反応だ。何も間違ってない。私もそう思うけど、表立って活動するのは難しいが役に立ちそうだとも思う」
「いや、でも」
困惑する二人に笑う。当然の反応だ。心を斬りつけて、彪鷹を撃ち抜いたのだから。
今回の騒動の主犯に一番近い場所で、主犯の駒として動いていた男だ。中に入れるリスクを考えたら答えは明白のはずなのに…。
相馬も少し心に似てきたのかもしれない。
「もしかして、まだ何か企んでいるのかも?」
二人を目を細めて見て言うと、橘は分かり易く目を逸らした。
「確証はない。何てったってThanatosだ。非現実的でリアリティがない。このご時世に殺し屋だぞ?それでも、信用出来るかもしれないというところが少しだけ。雨宮の双子の片割れというところだ」
相馬は人差し指と中指を立て、ピースのサインを見せて指を合わせた。
「残念ながら、片割れにその記憶はないが不思議なもので双子は強い絆で結ばれている。現に、Thanatosは雨宮を気に入っているような雰囲気だし、雨宮も心なし穏やかだ」
「はぁ…」
まだ疑念が晴れないという感じの成田に相馬が「大丈夫だ」と宥めるような言葉をかけた。
「何か良からぬ動きをすれば、死神が動く」
言葉にそぐわない良い笑顔で言われ、二人して頷く他なかった。
「ああ、そうだ、この際だから全部やろう」
「は?」
「イースフロントも上から地下まで、それこそ女子トイレも更衣室も全部、あと舎弟連中が出入りしている所管するビルも一気にな」
手っ取り早いだろとにこやかに言われたが、本気かと唖然とした。
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