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最終話
「舘石千虎です、よろしくお願いしま…す」
千虎は借りてこられた猫よろしく、心の後ろにでかい身体を隠した。
心が入れたいと言った人間、それが千虎だ。ど素人が極道になんてなるわけないでしょうと相馬は言ったが、心が電話をすれば数分考えたのち”いいっすね”なんて軽口で了承した。
とりあえず顔見せと挨拶代わりに屋敷まで呼びつけたが、いきなり本家をご訪問は千虎にはハードルが高く引き攣った笑いを見せた。
屋敷の入り口でどこへ視線を送ればいいのか分からず、視線をあちこちに飛ばす。目の前にいる佐々木や高杉は極道者というには千虎のイメージとほど遠く困惑し、だが熊のように大きな橘には怯えを見せた。
「うわ、バカがいるよ」
たまたま帰ってきた雨宮は千虎を見ると開口一番、そう言った。
「あ、或人くん」
「名前で呼ぶな。てか、マジで来たんだ。馬鹿じゃん」
知っている顔を見たせいか、千虎がパッと顔を明るくした。雨宮は心に聞いていたのか、千虎がそこに居ることに驚きもしなかった。
「あー、なんやっけ、何とか千虎」
「舘石だよ、ひどくない?」
「そうそう、舘石千虎…。Thanatosの件で知り合った。フルビット免許取得者で尚且つ、船舶免許も保有。かつ危険物乙4に溶接等の資格保有…まぁ、資格マニアっていうのかそういう人間」
「すっげ、俺のこと調べたんだ、鬼塚さん!」
心に対してそう言った千虎に雨宮はギョッとして、千虎の頭をゲンコツで殴った。
「いたい!!!」
「お前、馬鹿じゃん!」
何これ、相川に次ぐアホが増えただけじゃん!よりによって鬼塚さんはねぇだろうと頭を乱暴に掻いた。
千虎の家に鷹千穗と転がり込んでいる間に距離が近かったせいか、千虎は心に対する恐怖心がない。心も自分に対しての接し方に文句を言うような人間ではないので、バカが助長する。
まさに悪循環。
「フルビットだけですか?」
佐々木はそれだけじゃなぁと言わんばかりの顔を見せた。鬼塚組は心が襲名したときに組員を一斉に篩に掛けた。
優秀で表側でも活躍できそうな人間は極力残しているので、フルビットといかなくてもそういう人間は探せばいるのだ。
「あー、高杉、何か持ってこい。カスタムのな」
心が高杉に声を掛けると、高杉は返事もせずに気だるそうに車庫へと入っていた。そして戻ってきた高杉が持つライフルに、千虎は目を見張った。
「うわぉ」
心は銃を手にすると千虎に投げた。
「実弾入ってるからな。慎重に扱えよ。で、分かることだけ言え」
「えー、わかること…」
千虎は慣れた手つきで銃を弄りだした。それに佐々木は首を傾げた。
「レシーバー替えてます?もしかして自家製?スリムハンドルガード、これ手に馴染んでいい感じ。フローティングバレル使ったときにブレるのって、ハンドルガードのせいなんだよなぁ。何かお薦めってあります?あ、グリップ、Magpulのやつだ。俺的にはゴルゴみたいにM16が好きですけど、カスタム頼んだらしてもらえます?」
つらつらと話す千虎に佐々木は心に視線を送った。スコープを覗いて銃を構える姿にブレなく、様になっている。どういうことだと言わんばかりだ。
「今の素人って怖いよな。サバゲーからのガンマニア。実弾の経験はあらへんけどな」
「なるほど、私よりはその辺は使えますね。高杉も気に入ったようですよ」
佐々木の言葉通り、高杉は珍しく自分から千虎に近づき銃の話をしている。あの偏屈高杉がだ。視線は一切合わせないが、千虎は無理に視線を合わせるような真似もせずにいる。
心が千虎を気に入ったのはこれでもある。鷹千穗との距離を見極め、異質な容姿の男をすんなり受け入れた。下心が少しあったとはいえ、鷹千穗が彪鷹不在で屋敷でない場所で過ごせたというのは大きな成果だ。
極道者だと言っても対応は変わらない上、あまつさえ船を出すという大役も渋々ではあるが引き受けた。月笙を呼び出したときといい、肝が据わっているのも良い。
「車も好き、銃も好き、トラック転がしてたから整備も出来る上に裏道にも詳しい。優良物件やろ」
「そうですかねぇ」
「いらんなって思ったら、それまでやろ」
佐々木は少し下がったところにある心に視線を向けた。心はニヤッと口許で笑って見せるだけだったが、何かあれば始末すればいいということか。
佐々木は大きく嘆息して、わかりましたと返事を返した。
「人柄的には申し分がなさそうですし、大きな問題はないでしょう。成田が整備に人を欲しがっていたので、当分は成田へ付かせます。諸々の手続きはおいおい…」
「その辺は任せる。お前が好きにしろ。どっか行くときは護衛に使え」
「え?」
「お前、目ぇかけてた奴、月笙に吹き飛ばされたやろ。その代わりにあれをやる。月笙を吹き飛ばすんはそれで勘弁しろ」
意外だ。知っていたのかと佐々木は苦笑いをした。
「おい、千虎、合格やて」
「え!?マジで?あざーす」
良い笑顔で言って頭を下げる千虎の頭に雨宮が手刀を入れたのは言うまでもない。
「Thanatosが、正式に…入るって」
彪鷹は自分の胸元に頭を置く銀の髪を指で撫でた。言葉は理解しているはずだが、興味がないのかそれとも何か思うことがあるのかゆっくりと顔を上げると銀の目で彪鷹を睨みつけてきた。
猫のように光る目に彪鷹は柔らかく笑う。
「怒ってるな…」
完全完治して退院したわけではないので、身体に巻かれた包帯は痛々しいものだが…。
「この状態でも健気にお前を受け入れてる俺に、何かないわけ?」
鷹千穗はゆっくりと上体を起こすと、彪鷹の唇に唇を重ねた。何年経ってもキスは上達しないなと思いながら、それはそれで気に入っている彪鷹は口を軽く開いて鷹千穗の舌を受け入れた。
舌を絡めながらゆっくりと腰を動かされると、久々に受け入れた衝撃が身体に響いた。腹を開いてるんだもんなぁと思いながら、いつもよりもゆっくりなストロークに気は使ってるのかと笑った。
するとムッとした表情の鷹千穗が彪鷹を見た。
「違うって…気持ちええなって。生きてるなって」
鷹千穗の腰に足を回してグッと引き寄せる。最奥に鷹千穗の雄が当たり、腰が跳ねた。
「やっば…」
「ん__」
鷹千穗も少し目を伏せて腹に力を入れた。
「セックスって生きてるって実感する一つの方法よな」
陶器の様に白い肌。目元が興奮で赤みがかっているのが、メイクでもしたかのようだ。
ふと視線を落とすと、鷹千穗の筋肉の浮き上がる腹筋に筋彫りの片羽根の蝶が見えた。彪鷹にはその片割れが腹に彫られているが、今は包帯で隠れていて見えない。
「は…っ、イキそ…」
彪鷹が甘い息を吐きながら言うのを合図のように、鷹千穗の動きが激しくなる。傷の痛みよりも快感が勝り、彪鷹は蜜を零す陰茎をゆるゆると扱き始めた。
「今日は、中な…、あ!」
一番イイところを抉られ、声が上がる。鷹千穗は彪鷹に乱暴にキスをしながら、グッと腰を押し付けて彪鷹の中に熱を吐き出した。
とあるカフェの店内で心は気怠げにアイスコーヒーを口にした。蓄音機から流れるジャズと、ケーキを焼く甘い香り。
つまらねぇなと息を吐くと、それを笑われた。心の向かいに座る男は彫りの深い顔立ちで、心が知っている男によく似た亜麻色の目をしていた。
「そっちがほんまの姿なわけ?」
聞くと男はフッと笑ってアイスティーを口にした。その唇は以前逢った時のように赤い紅に染まっておらず、磨き上がった爪も今は手入れされているなという程度だ。
観察するように見ていると、男、メーデイアはにっこりと笑った。
「そんな情熱的に見られても困る」
「情熱なんて一ミリもこもってへんわ」
「どっちでもいいじゃないか。どっちも私だよ」
メーデイアは意味ありげに笑って視線を店の中央に移した。そこには銀髪を後ろで束ねてジーンズにTシャツというスタイルの鷹千穗と、メーデイアの隣にマネキンのように居た少年、そしてなぜか千虎の三人がケーキを食べていた。
「約束やて言われたから連れてきたのに、お前は行かんわけ?」
「言っただろ?愛でるのがいいんだよ。遠くから眺めるのが一番いい。それより何だい、あの格好」
出かけるぞと言ったときに何故か心の服を引っ張った。静がそれに手を打って、自分の服を着せたのだ。
「外に出したら色んな世界を知ったってやつ」
「可愛いからいいけど」
しかし、貸切の店内で三人がケーキやジュースを飲む。それをただ見ているだけ…。
「いや、意味わからん」
何が楽しいの、これ!?だ。メーデイアは笑うと心の前に写真を一枚、置いた。
「橅木桔梗。探している男はこいつだろう?」
「さすが仕事が早い。で、どこ?」
「海の向こうさ。お前の叔父さんとね」
「サンフランシスコか」
相馬の言った来生の残党、あれが事故死したのがサンフランシスコ。偶然にしては出来すぎているので、月笙の調べ通り他殺というのは間違いがないということだ。
しかも、神童も一緒にいる。ということは、あそこが手を組んだということか。
「大多喜組は潰したくせに、まだ何か用でもあるのかい?」
「殴ってくれたからな」
誰をとは聞かずにメーデイアは笑うだけだった。来生に攫われる前、橅木は静を殴りつけている。
久々に再会した静の顔に出来た痣は、心の記憶にしっかりと刻まれていた。
「そういえば、Thanatosを飼うんだって?」
こいつ、一体どこから情報を仕入れてるんだと心がギロッと睨んだが、メーデイアはそんな心を物ともせずに鷹千穗達へ視線を送る。
生クリームとクレープ、それにプリン。見てるだけで胸焼けしそうなそれを、どう手をつけていいのか固まる鷹千穗に千虎が子供に一から教えるようにフォークを使わせている。
隣の少年もそれを見ながら、見様見真似でクレープをフォークで掬い口に入れた。その瞬間、心でも分かるくらい表情が明るくなり小さく笑った。そして、その顔を見たメーデイアのテーブルに置いた指が小さく震えた。
「Thanatosに懸賞金が懸かってる」
「ああ、らしいね」
「売るか?」
「金には困ってない。でも、ステージに立ってくれるなら考えてもいいね」
「梁月笙はどういう男や」
「Thanatosの窓口だよ。悪い男じゃない。組織の中では下っ端だったのに、拾った男がThanatosになんかになったもんで一気に出世はしたけどね。ただ、ThanatosがThanatosであることこ一番嘆いている男でもあるね。窓口をやっていたせいで情報網をあちこちに持っているし、使うには便利な男だよ」
心はメーデイアの説明に返事はせずに、スマホを取り出すとテーブルに滑らせた。
「あと1時間で彪鷹が帰ってくる」
「逢瀬はあっという間だね」
「鷹千穗に逢いたかったわけじゃないんやろ」
言葉の意図が読み取れないのかメーデイアは横目で心を見るだけだった。
「あの子供に、日常を味合わせてやりたかったんやろ」
クリームを口の周りいっぱいに付けて、千虎が大笑いしながら少年の口の周りをナプキンで拭く。それに子犬のように大人しくしてされるがままだが、どこか表情は明るい。
感情が乏しいと言うよりも欠如している鷹千穗と違い、楽しそうだというのがわかった。
「佐野彪鷹もお前も、親子揃って嫌な男だね」
メーデイアはそう言って、テーブルに頬杖をついて残された時間を少しでも逃すまいと、三人を穏やかな目で眺めていた。
「今日、知らない人がいた」
面倒ごとを片付けて、彪鷹が診察から帰ってくる前に引き上げてきた心に、ソファで漫画を読んでいた静が言った。
「知らん…ああ、千虎か」
「組の人?にしては、素人っぽい」
普通の人間よりも極道を見てきたせいか、そういうのを見抜く力は備わっているようで心は思わず笑った。
「なんだよ」
「いや、そうそう、素人っていうか…まぁ、これから組員」
「もう本家にいるって珍しいね」
「俺がスカウトしたから」
ええ…っと信用ならないような顔で見られる。そんなおかしなことかと思ったが、まぁ、確かに自分で一から引っ張ってくるというのは珍しいことだなとは思う。
いや、多分初めてだ。
「鷹千穗さんと話してて驚いた」
「会話になってへんやろ」
「会話っていうか…」
「千虎は鷹千穗が大好きやからな。下心しかあらへん。どこがええんか」
「え?可愛いし綺麗じゃん」
今度は心が、ええ…っという顔をして静を見た。昔から鷹千穗を知っている心からすれば、本当に趣味が悪いとしか思えない。
「まぁ、悪い奴やないから安心せぇ」
「強いの?」
「弱い」
何だそれと言われ、多分これからなんて確証もないことを言いながら静の隣に腰掛けて、つるっとした頬にキスをした。
「これからは隠し事はなし。何でも言うけど…」
「後悔してねぇし、そんな生半可じゃねぇよっと」
心の腰に足を巻き付けて腹筋を使って起き上がると、ちょこんと心に跨るように座った。
「強くなるよ、俺」
「それ以上、強なられても困る」
そう言って互いの額を合わせて、戯れ合うようなキスをしながらソファに寝転がった。
とある部屋の一角、壁一面に貼られた写真はどれも仁流会幹部の者ばかりだ。風間組、鬼塚組、鬼頭組、明神組とそれぞれに分けられた写真に赤いマジックで印が付けられている。
そこにThanatosと月笙の写真が追加され、またマジックで印が付けられた。テーブルに置かれた酒瓶とナッツを乱暴に取って口に入れると、新着メールを知らせる音が耳に入りソファに投げ捨てたスマホを手にして内容を確認すると腰に挿したコルトM1911A1を素早く抜き構えて銃口を写真に向けた。
「…ふ」
まるで楽しみとばかりに笑うと、銃を腰に戻して酒瓶に口をつけソファへ座った。窓から入る風でテーブルに乱雑に置いていた書類が舞う。
落ちた書類には鷹千穗と静と雨宮の写真もあった。それが目に入り、手にしていた酒瓶の酒をそこへドボドボと垂らした。
これから起こることに期待してなのか、大きく深呼吸をしてそれに備えるようにゆっくりと目を瞑った。
many thanx!!!!
ここまでお付き合いありがとうございました!
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