2 / 9
第2話 ホワイトデイ
一年で一番寒い時期には告白。
春と一緒に待つのは返事。
そんな、ホワイトデイ。
好きって気持ちをもらって、返事を一か月も引き伸ばす。
それって、どうなんだろうなあって実は以前から思っていた。
それだけの時間焦らされたら、自分ならきっと胃に穴をあけてる。
そんな経験、したことないけど。
オレがそうならないように、オレの大事な人はオレに心を砕いてくれている。
朝、オレが登校するような早くに郵便が来ているはずがないのに、登校前に郵便受けを覗いた。
案の定、新聞しか入っていないのを見て、ため息をつきながら登校した。
今日は卒業式の予行だから。
オレ――小椋美樹――は大事にされてる。
恋人の羽鳥慶さんはオレの二学年上の先輩。
高校卒業と同時に離れるとわかっていながら、オレの手を取ってくれた。
「言わせてごめん。すげえ嬉しい。ありがとう、ミキ。大好きだ」
そう言って抱きしめられたのは、先輩の卒業式。
それからずっと、とてもとても大事にされている。
離れていることすらも、恋愛のスパイスで楽しいことのようにしていられるのは、先輩がオレを思ってくれているから。
だから今まで、待たされるばっかりなんてなかった。
どうしたらいいのかわからないなんて、そんな風に困らされたことなんてない。
でも、ホントは先輩はそうじゃないのかもしれない。
てことは、いくら鈍いと言われることが多い自分でも、思うことがある。
オレは多分、先輩を待たせてる。
付き合い始めてほぼ二年。
ずっと待たせてる。
オレが高校に通っていて親元にいるっていうのも、もちろんあるけど。
先輩がほとんどプライバシーのない、大学の学生寮に入っているっていうのも、あるけど。
そして身体をつなげる、それがすべてじゃないっていうのも、ちゃんとわかってるけど。
先輩と自分は、まだ、その……いたしてない。
いや、そりゃあ、キスしたけど。
夏休みに親の目を盗んで抜きあいっこくらいはしたけど。
でも、お互いの環境考えたら、それ以上は無理で。
そんで、ホテルに行くまでの勇気がオレにはなくて、そこ止まりだ。
ビビりな自分の性格くらい、知ってる。
先輩はだからきっと。
自分の腹が決まるのと、卒業を待ってくれてる。
待たせてる。
知ってる。
だから、他のことはちゃんと、先輩にいろいろしてあげようって思う。
自分のできる範囲で、だけど。
今年のバレンタイン前。
つるっと「一回食べてみたい」と、スマホ越しに同じテレビ番組を見ながら言ってしまった。
チョコにしてはちょっとお高めのチョコ。
先輩はそれを贈ってくれた。
多分わざわざ売り場に行って、郵送の手配をしてくれたんだ。
「直に渡せなくてごめんなあ」
そう言っていたけど、すごく嬉しかった。
自分は売り場に行くことすらできなくて、包み紙にこだわることも恥ずかしくて。
コンビニで買ったチョコを、茶封筒に入れて送りつけただけなのに。
それなのにそんなただの板チョコを、先輩は冷凍庫にしまいこんでるって言ってた。
もったいなくて食えないって。
「交換したんだから、ホワイトデイはいいよ」
そう言ってくれてたけど。
でも。
先輩のことだから、きっと何か考えてくれてるんだと思うんだ。
「……ない」
帰宅して郵便受けを覗いたけれど、何もなかった。
家族が取り入れたかと家の中を探したけれど、なかった。
どこにも、先輩から何か届いたっていう痕跡は、ない。
そのうえに何の連絡もないまま、ホワイトデイは終わった。
終わって、しまった。
先輩から何も贈り物がないのはいい。
いいんだ、それは。
だって今までだって、たくさんしてもらってるから。
なにかが欲しいんじゃなくて。
そうじゃなくて。
自分が送ったものにすら反応がないのが、不安になった。
あのマメな先輩が、ホワイトデイとオレの卒業式、二つも行事をすっ飛ばした。
そんな、ありえない状況。
『元気ですか』『どうしてますか』
ほとんど二日とあけずに来ていた連絡が途絶えて、簡単な日常のご機嫌伺いさえできなくなった。
だって怖いじゃないか。
手紙も来なくて、メールも来なくて、電話も来なくて。
もう、どうしたらいいのかわからない。
付き合い始めてから初めてのこと。
卒業式も終わって、本当ならもう登校はしなくてもいい。
けれど家にいることが怖くて。
他に行く先もなくて。
仕方がないから、高校へ行く。
講堂の横に階段があって、誰でも上がれる。
あがった先は、なぜかいつも人気がほとんどないバルコニー。
端の方に行けばちょうどいい具合に柱があって、ひと目がさえぎられていてちょっとした隠れ家のようになる。
ずるずると柱の陰に座り込む。
先輩が教えてくれた場所。
考えたくないとか怖いとか言ったって、自分の行動はほとんど先輩に影響されていて。
逃げようもなく先輩でいっぱいになっている。
結局今だってほら、先輩に教えてもらった場所にいるんだ。
どれくらいそうしていたのか。
右側にあった影が左側にあるようになった頃、オレの足を、誰かが蹴った。
「おい」
「……」
「くっそ、何でお前までそんな顔してんだよ」
「……何が?」
顔をあげたら、羽鳥がいた。
先輩ではなくて、弟の、ついこの間まで同級生だった方の。
先輩によく似た人好きのする顔。
少しくせのあるやわらかい茶色い髪。
背はオレより少し低いけど、しっかりとついた筋肉。
見た目はよく似ているんだ。
ただ、その態度が全然違う。
見た目はほとんど先輩なのに、先輩じゃない。
先輩じゃない。
そう思った瞬間に、ぶわって一気に涙が出た。
「あああああ、なに? ちょっと待て、いきなりそれはねえだろ!」
先輩じゃない。
よく似てるけど、違う。
先輩。
先輩。
会いたいのに。
「スマホ! 番号知ってんだろ! あいつも待ってっから、かけろよ!」
「む、無理……」
「なんで!」
怖いなんて、お前に言えるわけないだろう。
なんてことも口にできない。
今、口を開いても、きっと声にならない。
あああああ、もう! と、羽鳥は髪をかきむしって、自分に向けて手を差し出した。
掌に載っているのは、リボンのついた小箱。
羽鳥がどうしてそんなものを自分に差し出すのかわからなくて、オレはフルフルと首を振る。
「俺からじゃねえよ、兄貴から」
そう言われた途端に、また涙が湧いてきた。
何なのかは知らない。
でも、オレに直接渡してもくれない。
「いいから、受け取れ!」
羽鳥はオレの手に箱をのせる。
箱と羽鳥の顔をかわるがわる見ていたら、羽鳥が言いにくそうに、言った。
「あと、悪かった。兄貴もお前も、こんなボロボロになるって思ってなかった」
「……ぇ?」
「俺がっ! ホワイトデイに、兄貴のスマホ、壊した! あと、兄貴に怪我させた!」
「……!」
ひゅって、喉がなった。
怪我?
ってどんな?
先輩は今、どうなってんの?
慌てて立ち上がって走ろうとして、足がもつれた。
ずっと同じ姿勢でいたから。
それでも行かなきゃ。
「待て! 待て待て、どこ行くんだお前!」
「けー、先輩の……」
「いや、大丈夫だから! っていうか兄貴もお前に嫌われてたらどうしようつって、おろおろしてるから!」
え?
腕を掴んでオレを引き留めた羽鳥は、そのまま片手でスマホを操作する。
先輩によく似た、大きな手。
「もしもし? 小椋、捕獲した。つか、俺じゃ話になんねえ」
『……』
「じゃなくて、あんたとおんなじ状態。うん、そう……って、うるせえな、わかった、わかったよ、かわるから落ち着け」
羽鳥のスマホから漏れ聞こえる、焦ったような声色。
先輩の声。
連絡、したくなかったんじゃなくて、できなかっただけ?
あなたは、まだオレを好きでいてくれてる?
羽鳥に耳元に押し付けられたスマホから、大好きな声がする。
『ミキ? ミキ、大丈夫? ごめん、連絡できなくて……』
「せ…ぱい……」
『俺のせいで泣いてくれんの?』
「けー先輩」
『ミキ、大丈夫、大好きだよ……』
ともだちにシェアしよう!