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第7話 イースター
何がきっかけだったのかよく覚えていないけれど、高校卒業直前にクラスの親睦会なるものが、ホームルーム時間にいきなり実施された。
簡単な質問にその場で答える……っていうか、〇×で移動して回答するっていう、賑やかなゲームみたいなの。
男女混合クラスで、いつも半分くらいの人間はやる気がなくて、巻き込まれているっていう雰囲気になる。
その時もそんな感じになった。
オレも、巻き込まれているなあ別に楽しくはないなあって、思ってた。
だからって大っぴらに反対したら、場の雰囲気が悪くなっちゃうのは理解していたから、参加はするけど。
よくわからない交流イベントよりは、けー先輩からメッセージ届いてないか確認したいな、とか、早く家に帰って引っ越しの準備したいなって、考えながら参加してたんだけど。
そしたらさ、すごいの。
データ分析力ってこういうことなんだなあって、感心した。
その時の質問の回答だけで、誰に恋人がいて、誰が片思いで、あいつの恋人はどんな人だとか、いろいろ、情報が出回ってた。
びっくりだよ。
オレの情報は羽鳥が教えてくれた。
『恋人あり。長く付き合っていて、相手は頼りがいがあるしっかり者。モーニングコールしてもらったり、デートではおごってもらったりしていて、年上感満載。『よしよししてもらうのが幸せ』とか小椋が甘えまくっていて、お互いにベタ惚れ。絶対キレイなOLに違いない』
だって。
キレイなOLってとこはびっくりで笑っちゃった。
どこから出てきたんだろう、OL。
けどそこ以外はまったくその通りで、くすぐったくってくふふって笑ってしまった。
耳が熱く感じたから、赤くなっていたと思う。
そんなオレを見て、羽鳥がうんざりしたように溜息をついて言った。
「お前、誰と付き合ってんの?」
「羽鳥にそれ言われると、泣きたくなっちゃうんだけど……」
羽鳥は先輩の弟だし、けー先輩とオレだ付き合っているって知っているのに。
「やめれ、面倒だから泣くな。つか、ホント誰と付き合ってんだよ。あれがモーニングコールとかありえねえんだけど。めっちゃ寝汚いのにさあ」
「え?」
寝汚い?
けー先輩が?
羽鳥の言葉に耳を疑った。
「ええ?」
「え? って言いたいのは俺の方だ……どんだけ格好つけてお前のこと甘やかしてんだ、あいつ……」
弟の羽鳥がそう言うってことは、素の先輩は全然違うの? って、心配になった。
オレは、先輩に無理させてる?
一緒に暮らし始めて、そんなことは忘れてた。
だって先輩はいつも笑っていたし、疲れた様子も辛そうな顔も、オレには見せなかったから。
でも。
ホントは、先輩に無理させていたのかもしれない。
大学生活も本格的に始まって、朝晩は一緒に過ごせるけど、日中はほとんど先輩に会えない。
お互いに授業とかバイトとかで、すれ違っちゃってる。
先輩はもうほとんどの一般教養授業履修済みで、同じ授業を取ることもできないし、ほんとに一緒に暮らしていて良かったって思っていたんだ。
じゃないと、せっかく近くにいるのに顔も見られない日が続いちゃっていたと思う。
今夜も今夜で、同級生たちに付き合うことになっちゃって、外で夕食。
「うん、そういう付き合いは大事だから、行っといた方がいいよ」
先輩はそう言って送り出してくれた。
昨日はサークルの見学に行っていたから、二日続きで晩御飯別になっちゃった。
いつもに増して先輩が恋しい。
解散になって、次を誘ってくれる声は笑って断った。
だってもう帰りたい。
先輩に会いたい。
何故か同級生の一人が土産だって言って、卵の形をしたチョコをくれた。
今日は卵探しの日なんだって。
ルームシェアしているのは皆知っているから、先輩の分と合わせて二つ、貰った。
カバンの中で壊してしまわないように気をつけながら、でもできるだけ速く歩く。
鍵を開けるのももどかしく家に入ったら、電気が消えていた。
先輩はでかけるなんて言っていなかったから、家にいるはずなのに。
もう寝ちゃったのかな?
リビングに入って、びっくりした。
先輩が行き倒れてる。
多分、大学から帰ってきてレポートしながらご飯食べて、そのまま寝ちゃったって感じ。
脱いだままの上着とか、取り込んだだけの洗濯ものとか、開けっ放しのカーテンとか、テーブルの上の食器とか、使ったままのキッチンとか。
いつも片付いている家の中がごちゃってしている。
先輩が気をつけてくれてたんだって、気が付いた。
だってオレ、何にもしてない。
時々先輩に言われて手伝うくらい。
だからオレは家の中のことでは戦力外。
先輩が寝ちゃっててごちゃってなってるってことは、先輩が片付けてくれてたってこと。
オレは、何してるんだろう。
先輩が好きで。
一緒にいたくて。
なのに、先輩におんぶにだっこしてるだけじゃないか、これ。
前に羽鳥に言われたこと、思い出した。
『どんだけ格好つけてお前のこと甘やかしてんだ、あいつ』
ちょっと泣きそう。
先輩のこと起こした方がいいのかなって思ったけど、とりあえずって、カーテン閉めて食器をひいて洗った。
ついでにキッチンもわかる範囲で片づける。
布団を敷いて、先輩に移動してもらおう。
ソファベッドの準備はよくわからないけど、先輩の部屋の布団なら敷ける。
『できないことがいっぱいあってもそこで止まらないで、できることを探して一つずつ片づけること』
高校の時に先輩が教えてくれたこと。
今、全然ダメな自分に気が付いて泣きそうだけど、できることをしよう。
布団の準備をして戻ったら、オレが動き回ったことで目が覚めたらしい先輩が、体を起こしてた。
「先輩? 起こしちゃいましたか? 布団敷いたんで、移動しましょう」
「……ミキ?」
ぼーっと座り込んだままの先輩が、オレの方を見てふにゃって笑った。
「ミキ」
「はい」
「ミキ……」
座ってるだけなのにふらふらしてるから、危なっかしくて隣に寄ったら、先輩がもたれかかってきてフフフって笑った。
「先輩?」
「良かった……お帰り、ミキ」
「ただいまです。遅くなってごめんなさい」
「ん~ん。帰ってきてくれたらいい……」
ふにゃふにゃふらふらのまま、先輩はオレに体重をかけて抱き着いてくる。
わあ。
なんだか新鮮でかわいい。
「先輩、布団、行きましょう?」
「……ぅん……」
「先輩?」
ふにゃふにゃの先輩は、そのまますぅすぅと気持ちよさそうに寝息を立て始める。
え、寝なおしたの?
今の一瞬で?
「先輩?」
声をかけても揺すっても先輩の目は開かなくて、しょうがないからうんうんと引っ張って布団に連れて行って、ちょっとばかり乱暴に寝かせる。
それでも、目を開けない先輩。
羽鳥が言ってた通りで、ホントに寝汚いんだなあって、思った。
つまり今までずっと、オレのために頑張ってくれてたんだ。
オレが頼んだ時のモーニングコールや、仮眠したときに通話で起こしてくれたのとか、全部。
くうくうと眠る先輩に、キスしてみた。
それでも起きなくて、すごく胸の奥がぎゅうってなった。
大好き。
先輩、大好きだ。
こういう気持ちが、愛おしいっていうのかもしれない。
「ぅおあっ?!」
先輩の声で目が覚めた。
昨夜、先輩の寝顔見てて、そのまま寝てしまったらしい。
「先輩、おはようございます」
「お、おはよう……おかえり。いつ帰った?」
ものすごく焦った顔で、先輩がうろうろと視線を彷徨わせている。
今がいつでどこにいて、昨日から今までのことを思い出したりしてるのかなって思った。
その様子を見て、キュンってなった。
切なくて嬉しくて涙が出そう。
「先輩、ありがとうございます」
「え?」
「いっぱい頑張ってくれていて、ありがとうございます。ホントは眠い時だっていっぱいあったでしょ? 家の中も、ちゃんとしててくれて、オレ、全然気が付かなかった……」
布団の上に正座して、先輩の顔見ながら手を取って握りしめた。
大好き。
だから離したくない。
「あのね、オレ、先輩とずっと居たいから」
「うん」
「だから、先輩だけ頑張るのは違うと思うから……だから、オレにできることがあったら言ってください」
そう言ったら先輩が真っ赤な顔になって、それからもぞもぞと布団の中に潜り込んでしまった。
えええ?
「せ、先輩?」
「ミキが格好良すぎて惚れ直しちゃうし、自分がバカすぎていたたまれない……」
布団の中からもごもごと声がする。
「先輩は格好いいですよ?」
「格好悪いよ」
一人で勝手に頑張ってることに気づかれたり、寝惚けたり、リビングで寝落ちて布団に運ばれたりっていうのは、けー先輩の中では格好悪いことみたい。
オレは嬉しいのに。
色んなけー先輩が見られて、ますますときめいているのに。
先輩は、一人寝するならちゃんと布団の中に入って、何事もない振りしたかったんだって。
「心配で落ち着かなくてリビングで待ってて寝落ちとか、格好悪すぎる……」
もごもご言ってる先輩の背中を、布団越しにポンポンってした。
「心配かけちゃって、ごめんなさい。次からはもっと早い時間に帰ります」
「違う」
先輩はオレが同級生と仲良くするのはいいことだって言った。
絶対に必要なことなんだって。
先輩がいたたまれなくなっているのは、オレが「早く帰る」って言っちゃうことと、ホントはかなり嫉妬しているのを隠しきれなかったことだって。
そう言われて、もう、すごく嬉しくなってしまう。
オレはホントにけー先輩しか見えてないけど、嫉妬して心配になってくれたって聞いたら、怒るどころかキュンってなる。
布団に包まって卵みたいになっちゃっている先輩が、ホントに好きだ。
力いっぱい布団引っ張ってはぎ取って、びっくりしている先輩に抱き着いた。
「先輩、大好きです」
だからいっぱい話ししましょう。
一人で頑張らないで。
格好悪いところも見せて。
無理しないで。
オレにも頑張らせて。
「これからもずっと一緒にいたいから、お互いちょっとずつ変えていきましょう」
「……うん。ありがとう、ミキ。大好きだ」
卵探しの日、オレが見つけたのは先輩が包まった布団の卵。
手に入れたのは大好きな人。
一緒に暮らしたからこそ見られた姿は、ちょっと情けなくてかわいくて、オレはますます先輩のことが大好きになった。
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