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「────はるひを抱いた」  その言葉をぽつりと漏らした時、兄であり王であるクルオスは長い鞭のような尻尾をぱしんと鳴らし、幼馴染として古くから交流があり今は宰相として兄に仕えているエルは、先程下がらせた侍従が扉の向こうに居ないかを確かめた。  幸いにして人払いが間に合ったようで、俺の噤み切れなかった懺悔を聞いたのは二人だけのようだ。 「  で?」  エルの頷きを見て虎の獣人である兄は、クッションの置かれたカウチにガウン姿で気だるげに沈み込みながら、白と黒の尻尾の先だけを気まぐれに動かす。  他の者が行えばただの無作法だったが、兄がそうやって寛いで見せると王者らしい風格のせいか似合っていると言う感想がするりと出そうになる。 「やっとですか、そうですか、本懐を遂げられたようで何より」  そう言ってさして興味もない風に言うエルは、慌てさせるな とばかりの視線を眼鏡の奥からこちらに向けて、鴨らしい玉虫色の緑の髪を乱暴に掻き毟ると、侍女達の用意して行った酒をグラスに注いだ。  琥珀を押し込めたような深い色味がグラスに満たされて行くのを見て苦い顔をしていると、その表情に興味を持ったのか兄が体を起こしてぐっと背伸びをする。  父の血のためか俺も狼獣人としては大きい方ではあったが、その俺から見ても兄の体は肉厚で骨格自体がはるかに大きい。そんな兄が軽い足取りで隣に座りに来るものだから、広いはずの椅子が急に狭く思えて追い詰められているように感じてしまう。 「思いを遂げた感想は?」  にや と笑いながら兄は肩を抱いて逃げられないようにし、ぐいぐいとそんなことを聞いて来る。  聖シルル王国の王を証明する白銀の髪と碧い瞳に間近に迫られると、妙な圧を感じてしまって逃げたくなるのは小さい頃から変わらない。そしてこの兄はそれを承知で、揶揄う時にはこうやって距離を詰めてくるのだから始末に悪い。 「あー 」  はるひが腕に飛び込んできた幸福感とか、はるひの匂いがどれほど気持ち良くて、体がどれほど美しかったか、包み込んでくる熱さや縋りついて来る切なさを滾々と語って聞かせたい気もあったが、あの幸せさを誰とも共有する気が起きなかったので「素晴らしかった」とだけ返す。  もっとも、そのシンプルな返事は兄の求める答えではなかったらしく、つまらなそうな顔を返されただけだった。

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