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「ひゃっ!な に  」 「お前の目では歩き辛かろう」  慌てふためく体を先導するように引っ張ると、その動きについていけなかったのかはるひの細い体が勢い余って大きく傾ぐ。俺からしてみればなんてことはないのだが、暗闇ではよく見えないはるひには恐ろしかったらしく、声を上げてとっさに俺の服を掴んで必死にしがみついてきた。  甘い、乳の匂い だ。  その奥に赤ん坊の匂いと、花の匂いと……腹立たしい匂いがふわりと鼻先をくすぐる。  頼りない細い体にしがみつかれて反射的にその体に腕を回して抱き締めると、更に小さく声が上がった。 「クラド様 っす すみません……すぐに……」  腕を突っぱねる必要はない と言えたら。  このまま抱き上げることができたら。 「────早く行ってくるといい」  けれど、その体に染みついたあの男の臭いが俺を牽制して。  その体が誰に開かれたのか、俺以外触れることはないだろうと思っていた最奥に、誰が触れたかを知らしめてくる。  辛うじてはるひの体を扉の方に押しやることは出来たが、悔しさに奥歯を噛み締めたせいか口の中は金臭い味に満たされていた。  「すみません、行ってきます」と、はるひは言葉を残して部屋を出て行った。 「すみません か」  ごめんさい は聞いたことはあったが、そんな堅苦しい謝罪をはるひからされたのは初めてだ。再会するのに時間がかかりすぎたのはわかる、けれど繰り返し堅苦しい謝罪をしなければならないような仲ではなかったはずだ。  一年は長すぎたか と思おうとして首を振り、簡素なベッドに腰掛けて窓の外を眺めた。  古びた木枠に縁どられた外はもう光の一筋もなく、暗い夜の帳と雨雲に塗り込められて暗灰色一色だ。その闇を思わせる暗さが瘴気が絡まり合った巣のように見えて、慌てて目を逸らして目頭を押さえる。 「いや、余所余所しくなったのは、今更じゃなかったな……」  あの雨の森番小屋でのひと時の後、体を起こしたはるひは聞き逃してしまいそうなほどのしゃくりを上げて、一筋だけ涙を流した。  俺はそれを互いの思いが成ったための、自分の心の内と同じ感極まった涙だと信じて疑わず、腕の中にすっぽりとはるひを収めてどうして泣くのかとは問い返すことはせず……  浮かない顔は成人前にこう言う関係を持ってしまったことに対する気後れだと思ったから、正式に兄から婚約許可を出して貰えれば解決する問題だと思い込んで……だが婚約許可を貰うために東奔西走している間に、はるひはひどく余所余所しくなって、俺が寄ると浮かない顔をして理由を付けて避けるようになってしまった。

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