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「だ って、匂いが」
「私達獣人の考える匂いと、向こうの世界からきた只人の匂いを同率と考えていたのではないでしょうね」
ぶるりと体が自然と震えてしまい、それを堪えるために慌てて身を竦めると、頭の上から苦い溜息が落ちて重苦しい空気に包まれる。
もう流石に「衛兵案件ですね」なんて軽い言葉はエルからは出ず、お互いがお互いの次の言葉を窺うような気配だけがした。
「 …………あの雷の日だと言っていましたね。はるひは、雷に恐怖を覚える質ですか?」
獣人達の中には本能的に、炎を連れてくることもある雷を恐れる者が一定数いるのは事実で、火のことは抜きにしても、大きな音と不意を突いて鋭く光る雷を苦手だと思う者が多いのも理解している。
はるひは……どうだろうか?季節の変わり目、冬の訪れを告げる轟く雷に対して今まで怯えていただろうか?
幸い王宮の室内は盗聴防止のために防音となるように設計されている。
そこで幼い頃からかすがによって過保護に守られてきたはるひが、雨や雷の日に外に出ることは稀だろう。
雨に濡れて逃げ込んだ薄暗く埃っぽい廃屋にも似た森番小屋で、頭上過ぎに鳴り響く轟音と雷光ははるひにとっては……
「…………」
「生き物は、生命の危機を感じれば子孫を残そうとするんですよ」
「は ?」
いつも理知的な瞳はこれほど腹立たしいと思ったことはなかった。
「それ それは、 」
俺が、怯えの中に紛れ込んだ本能を勘違いして、はるひに対してしてはならないことをした と?
「でも、無理強いしたのなら、後唇が濡れるなんてことはないだろ?」
「それは、レイプしたけど感じてたのだからセーフと言う言い訳ですか?」
どっと心臓が跳ねすぎて、はるひの態度に対する一抹の不安はあったが浮かれるような気分がすべて消え去ってしまった。
は?と言葉を漏らして、気付けば震えていた手を顔に当てると、血の気が下がりきったのかひやりと死人のように冷たい皮膚が当たる。
「それに、男巫女ならともかく只人の後ろの穴が潤むとは聞いたことがない。クラド、頭に血が上りすぎて様々なことを見落としてはいませんか?きちんと、好意の言葉を聞いたんでしょう?」
真っ白になった頭の中に、雷鳴と共に腕に飛び込んできたはるひの姿が蘇る。
「いや、言葉は。 だって 俺に対して、好きだって、いい匂いが 」
好意の感情が熟れたような発情の匂いは未だに記憶に鮮明で、あれを嗅ぎ間違えることなんてないと思うのに、記憶の中の雷に照らされたはるひは……
大きな雷の音が鳴って、不安そうに俺の名前を呼ぶはるひが弾かれるようにこちらに……
「 ────っ」
タイミングを考えれば、答えは簡単だった。
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