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 ぐっと手を握り込む。  そうだったならどれほどよかったか…… 「その子は⁉︎まさか置いて……」 「かすが、落ち着くんだ。後続の馬車の中にいると報告も入っている。ここに着き次第会えるよ」  その言葉を聞いて納得したのか、かすがはほっとしたような憔悴しきったかのような動きでソファーにぐったりと凭れかかった。 「話を聞くに、ではその赤子は辺境伯嫡子の子と言うことになるわけだが……」 「テリオドス辺境伯は受け入れていなかったので、こちらが引き取ることに対しては何も」 「身分を明かしていなかったと言うのは賢い選択だったな」  そう言うと兄の尻尾がまた小気味よく鳴らされる。  そのイライラとした心を素直に表した動きは、俺があえて言及しなかったはるひの生活状況を考えて不快になっているようだった。 「で?クラド」 「はい」  問われるであろう内容に備えてぐっと奥歯を噛み締める。 「はるひが他の男との間に産んだ子供だ」  今後、その子供をどうする?と問われて、俺はとっさに言葉が出なかった。  綺麗ごとならいくらでも言える、はるひが愛おしいし、そのはるひが産んだ子なら愛する努力をすることもできるだろう。  けれど、その努力の結果がどうなるのか俺には見当がつかない。  それに、逃げ出したいと思うほど嫌っている俺と、はるひが子供を育ててくれるのかと言う不安もあった。  安易に引き取って育てます と言えない自分に歯痒い思いをしながら唇を噛む。  はっきりと言葉を返さない俺を見遣り、兄は小さく溜め息を零した。 「まぁいい、はるひとよく話し合え。それからでも遅くはないだろう」 「…………ええ」  兄には、ずいぶんと意気地のない男と思われただろうか?  そう考えるとますます項垂れたくなり、膝の上で組んだ手に力を込めた。 「クラド……赤ん坊の名前は?」  口を開きかけて、そう言えばその名前を呼ぶのは初めてだったと気づく。  はるひは呼んで欲しそうだったが、我を張るようなものではなかった と今更後悔しても後の祭りだ。 「 ──── ヒロ、です」 「ヒロ?」  そう名前を繰り返すと、かすがは怪訝な顔をして首を傾げる。 「どうかされましたか?」 「…………いえ」   かすがの態度が気にかかったものの、兄が「森でのことだが」と切り出した瞬間に変わった空気に押されて尋ねることはできなかった。  先程までのやり取りと違い、陰鬱な空気に晒されて居住まいを正す。 「森の中で、瘴気を一体、それから……魔人を一体発見しました」 「そうか」 「場所はテリオドス領より王都へ向けての半日の道中にある町傍の森です、沢があり、そこにはるひと瘴気がおり、それから動かない魔人が倒れていました」

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