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「クラド様、ヒロのこと、本当にありがとうございました」
小さな手を持ち、バイバイと俺に向かって振って見せるので、それに倣って小さく手を振る。
嬉しそうにはにかむはるひに見送られながら扉を出て数歩、後ろを振り返ってはるひの言葉に自然と眉間に皺が寄るのを感じた。
そうであって欲しくない と願いながら木の陰で息を潜める。
そうしながらもそこに現れるだろう人物を思い描いてしまうと、息苦しさに今すぐ逃げ出したい気分だった。
細かく破られたものを修復した便箋、それに書かれた文章が何かの見間違いか、あるいは筆跡を真似た悪質ないたずらではないかと思いもしたが、兄がそんな不確定な物を渡してくるとは思えなかった。
──── 西方に行く手引きをお願いします
千切れた紙に書かれた文章は腹立たしいほど簡潔だった。
「…………どう言うことなんだ」
はるひがそれを考えているのだとしたら、はるひはどうして逃げるのだろうか?
城から消えたことも、
宿から逃げたことも、
そして今、再び逃げようとしていることも……
すべてが繋がりそうで繋がらず、焦れるような焦燥感だけが降り積もって行く。
俺に対して好意はなく、あの赤狐の元へと行きたいがために宿を抜け出したのではないのか?
しかし、それなら昼間、共に行きたいと言えばいいだけだ。
細かく破かれたあの手紙には、西へ行きたいとしたためられていた。
西と言えば人族のいる国がありはするが、小国がひしめき合い且つ巫女の召喚もできないような国も多いせいか混乱と争いの絶えない地域でもある。
そんな場所に、どうして?
乳飲み子を抱えて行くには危険極まりない旅になるだろう、それをあえて選ぶ理由がわからない。
あちらの地域では犯罪奴隷だけでなく、普通に奴隷として人々が売買されている。そんな場所ではるひのような者がたった一人で歩き回ったら?
結果なんて考えなくともわかる。
「はるひ……何を考えているんだ……」
自然と漏れてしまった言葉に慌てて口を押えて辺りの気配を窺う。そうしていると、ふと考えたくない事実に行きついた。
ロカシ・テリオドスと共に西方へ駆け落ちようと考えているのではないか?
自分を受け入れなかったテガ・テリオドスのいる東方へ逃げたところで、追い返され結局は城に連れ戻されると踏んでロカシ・テリオドスと共に西へと逃げる算段なのか……?
……だから、今日、なのか?
ロカシ・テリオドスはまだ王都にいるだろう、奴とのことを諦めたように俺に告げたのはただ俺の油断を誘うためだけだったのか?
「いや……はるひはそんなことをする奴じゃない……」
暗い茂みに蹲っていると自分の言葉が不安に思えてくる。
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