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 一歩、二歩の跳躍、それですべてが終わる。  飛び出すと同時に抜いた剣の先が地面を削る音がしたが、そんなもので振り抜くスピードは落ちない。  音がすべて消えて、無防備に晒された喉元が見える。  刃が間近に迫ってもこちらに反応しないその首を切り落とすのは、小枝を折るよりも容易だった。   ◇  ◇  ◇  「ありがとうございます」の声が震えなかったか気に掛かったけれど、ヒロの手を掴んでバイバイ と手を振るとクラドも同じように手を振り返してくれたから、ばれなかったんだと思う。  クラドの去ってしまった部屋はがらんとしていて、ヒロが上げる声だけではその空間を満たしきれてはいなかった。  腰かけていたベッドのシーツに温もりが残っていないかと、掌を添えてみるけれど良くわからずに項垂れる。 「クラド様にずいぶん懐いたねぇ」  掴んで離さなかった指や、戻ってくるようにとでも言いたげに不満な声を上げたことを思い出して、一人でくすくすと笑う。 「楽しかった?」  そう問いかけるときょとんとした顔をしてからにこにこといい笑顔を零す。 「よかったね、いっぱい可愛がってもらったんだね」  意識が戻って、ヒロがどう扱われているのかが一番心配だった。  けれどヒロを連れてきてくれたクラドの姿に安堵して、嬉しくて……  名前を呼んでくれていたことが、嬉しくて……  厳めしい顔立ちだけれども、全然怖くないことも、すごく優しいことも、とても温かいことも知っている。 「大きくなったら、教えてあげるからね」  言葉はまだわかってないのに神妙そうな顔をして、ヒロは一言「う」と声を上げて黒い瞳でオレを見詰めた。  王はこの国の頂点で、ここにはさらにコリン=ボサの寵愛を受けた巫女も住む。だからこの城の警備は厳重で、蟻の子一匹の侵入すら逃さないほどだった。  それは、同時にこの城から誰にも見つからずに出ることの難しさでもあって。  オレが誰にも気づかれずにこの城を出られたのは、遠征のための出陣式で人の出入りが多かったこと、それから…… 「『にーに。ごめんね、クラド様と幸せになってね』」  体に障るだろうからと、無理にこの一年のことを問いただそうとしなかった皆の優しさを思いながら、夜の闇の中に明かりを灯して浮かび上がる城を振り返り、その明かりのどこかにいるであろうクラド達を思う。  こんな形でしか、かすが兄さん達の幸せを守れない不甲斐なさに泣きそうになって鼻をすすると、それをあざ笑うような舌打ちが聞こえてくる。 「  ──── 相変わらず、異界語は間延びした鬱陶しい音をしているな」  ざりざり と地面を踏みしめる靴にきらりと光るのは金と宝石の飾りだ。

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